愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第10章 智勇兼備
はらはらと涙を零しておれを見つめる智。
濡れた睫毛を震わせて縋るように瞳を揺らしている。
「‥うれしい、翔君に逢えた‥夢みたい‥」
智はおれの服を握っていた手を恐るおそる背中にまわして、少し力を入れた。
その少し躊躇うような仕草にもどかしさを感じたおれは、緩めた腕に力を入れ直すと華奢な身体がぴったりと重なった。
なんて頼りない身体なんだ‥
こんな小さな身体を兄さんは‥
軽く片腕で抱けてしまった智の涙を拭ってやりながら、本当にこのまま連れ去ってしまえたらと思う。
けれど‥
「これは夢なんかじゃないよ。おれ、ずっと智のことばかり考えてた‥どうしたら君に逢えるんだろうって、そればっかり‥」
「僕も‥僕も、ずっと翔君に逢いたくて‥でも‥」
そこで言い淀んでしまった智が寂しげに睫毛を伏せると、せっかく涙を拭った頬にまたひと筋‥哀しい跡ができてしまった。
「でも‥、何‥?逢いたいって、思ってくれてたんでしょ‥?」
おれはまたそれを拭い、願いを込めるように彼に問いかける。
お願い‥おれのこと嫌わないで‥
君を酷い目に合わせた人の息子だけれど‥
君を泣かせ続けてる人の弟だけれど‥
おれは君のことを好きになってしまった。
だからせめて嫌いだなんて‥
憎いだなんて思わないで‥。
縋るような瞳をしているのは智なのに、抱いているおれの方が彼の気持ちに縋ってしまいそうだった。
すると返事を求められた智はおれの背中に回していた手を解いて、凭れていた身体を起こし視線を上げる。
何‥、どうしたの‥?
その哀しみに満ちた瞳には、弱々しい光が儚げに揺れていて‥
「でも‥僕は翔君にそんな風に思ってもらえる人間じゃない‥穢くて、醜い‥。翔君みたいな綺麗な人が関わっちゃいけないんだ‥。」
そう言葉ではおれを拒絶してるくせに‥身体は小刻みに震えてて。
「そんなことない、智は穢くなんかない!おれ‥智のことが好きだ。」
「‥だめ‥、そんなこと言っちゃ、だめ‥」
一瞬目を見開いた智はいやいやをするように首を振り、おれの腕から逃れようとした。