愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第10章 智勇兼備
「坊ちゃん、和也です」
扉を叩きながら声をかける。
すると程なくして目の前の扉が開き、翔坊ちゃんが顔だけを出して、俺を部屋の中へと招き入れた。
「坊ちゃん、手に入れました」
「手に入れた、って‥もしかして鍵を‥?」
目を丸くする翔坊ちゃんに向かって大きく頷いて見せる。
そして手に握った鍵を坊ちゃんに向かって差し出した。
「ああ、和也良くやってくれたね。で、誰にも見つからなかった?」
坊ちゃんは俺の手から鍵を受け取ると、小さな鉄の塊を、それは大事なそうに胸に押し当てた。
「はい、誰にも‥。さ、急いで下さい。澤さんが風呂から上がるまでに、鍵を元の場所に返しておかないと‥」
恐らく俺が疑われることはないだろう。
でも鍵が失くしたことが潤坊ちゃんに知れれば、例え澤さんだってただじゃ済まされない筈だ。
与えられた時間は僅かしかない。
俺は扉を開けると、辺りをぐるりと見回してから、
「今です」
と、坊ちゃんを廊下へと押し出した。
「俺はここで見張ってますから、どうか智さんと‥」
「うん、ありがとう和也。恩に着るよ」
翔坊ちゃんが手にした鍵を、鍵穴に差し込む。
少しだけ手が震えて見えるのは、多分俺の気のせいなんかじゃない。
きっと時間がない中での密事に、心が急いているに違いない。
でもそれにも増して、漸く智さんとの逢瀬が叶うことへの喜びと、そして緊張感が、見守る俺にも痛い程に伝わって来た。
かちゃん‥
何かが外れるような音が、しんとした廊下に響いた。
思わず俺を返り見た坊ちゃんに、俺が大丈夫とばかりに大きく頷いて見せると、坊ちゃんも同じように俺に向かって頷いた。
そしてそれまで開くことのなかった扉をゆっくり開くと、潤坊ちゃんの部屋の中へと身体を滑らせた。
その瞬間、俺は安堵からか、全身の力が抜けて行くのを感じた。
どうか‥どうか、翔坊ちゃんの想いが智さんに届きますように‥
俺は壁を背に、深く願わずにはいられなかった。