愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第10章 智勇兼備
旦那様と坊ちゃんが食堂で夕食を取っている時間、俺は片時も離れることなく、炊事場で片付けをする澤さんを見張った。
「さて、ここはもういいから、お前ももうお下がり」
軽く曲がった腰を伸ばし、皺を刻んだ額の汗を手拭いで拭った。
「でも、まだ‥」
「なぁに、後は炊事場のもんがやるから、私らは先に休ませて貰おうじゃないか」
「は、はあ‥」
さも当然とばかりに笑うと、俺の肩を軽くたたき叩き、澤さんが炊事場を出て行くのを、間をおくことなく俺もそのすぐ後を追った。
澤さんが使用人部屋へと入っていくのを、廊下の曲がり角から覗き見る。
俺の予想が正しければ、澤さんはすぐに風呂場に向かう筈‥
その間に‥
心臓が口から飛び出そうなくらいに激しく鼓動して、手にはびっしょりと汗をかいていた。
暫くそうして様子を伺っていると、からりと音を立てて澤さんの部屋の戸が開いた。
そして寝間着やら手拭いやらを胸に抱えた澤さんが部屋から出てきた。
やっぱりだ‥
俺は澤さんの後ろ姿が廊下の角を曲がって見えなくなるのを待って、足音を忍ばせて澤さんの部屋の前に歩み寄った。
ごくり‥
唾を飲み込む音でさえ、周りに聞こえやしないかと不安になる。
周囲に注意を払いながら、後ろ手で澤さんの部屋の戸を引く。
使用人部屋に鍵なんてかかっていないから、忍び込むことは簡単だ。
俺は空いた隙間から身体を滑り込ませると、裸電球の明かりを灯した。
どこだ‥どこにある‥
澤さんの部屋に入るのは何も初めてのことじゃない。
何がどこにあるのかは、凡そ検討は付いている。
潤坊ちゃんから預かった鍵を無造作に放り出しておくことは、まず考えられない。
澤さんが大事な物を仕舞うとしたら‥
ここしかない。
部屋の片隅に設えられた鏡台の、小さな引き出しをゆっくり引いた。
あった!
俺は鍵を引っ掴むと、明かりを消し、また周りを気にしながら澤さんの部屋を飛び出した。
手に入れた‥
とうとう鍵を手に入れた。
俺は廊下を小走りで駆け、一目散に階段を駆け上がった。