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愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】

第10章 智勇兼備



時間になって食堂に降りると、先に席に着いていた父様がちらりとおれを見たけれど、何を話し掛けられるということも無い。

いつもならおれが学校であったことなんかを話すんだけど、さっき和也から聞いた話が頭から離れなくて、まともに顔を見ることすらできなかった。

ただでさえ一方通行な親子だっていうのに‥

おれが父様に話を向けることのない食卓は、こんなにも温かな料理が並んでいるというのに、心の芯まで冷えてしまいそうなほど寒々しいものだった。

父様が智の双親を殺めたって聞いても、信じたくないって思いは心の片隅にあるし、できれば間違いであって欲しいって思う。

すごく冷たくて、横暴で自分勝手な人だけど‥
そんな人だけど、血の繋がった父様なんだ。

食事もそろそろ終わりだっていうのに、ひと言も話し掛けてくれなかったその人の顔をちらりと垣間見る。

もし本当に父様が人を殺めたんだとしたら‥
智を不幸へと追い込んだ張本人だとしたら‥

おれはこの人を許すことができるのかな‥?


正直‥そこまでの現実味を感じることができなくて、自分の気持ちを測りかねていた。

「ごちそうさまでした。すいません‥先に休ませて下さい‥。」

そんなことを考えているうちに食欲まで失せてしまったおれは、静かな食卓に頭を下げると食堂を後にした。

そういえば兄さんが留守にしてるから、澤も食堂には姿を見せなかったし、それを見張っているはずの和也の姿も無かった。

どんな具合なんだろう‥。
もしかしたら智も食事を摂っているのかもしれないな。

兄さんが留守にしてれば智は酷い目に遭うことはないと思うだけで、幾らか落ち着いていられた。

待ち長い時間を過ごそうにも何も手につかなくて、ぼんやりと長椅子に身体を預けていると、入り口の木扉を叩く音がし、返事を返すと和也が盆を手に入ってきた。

「どうしたの?おれに構わなくていいっていったのに‥」

気遣いは嬉しかったんだけど、鍵のことしか頭にないおれが不満そうな声を出すと

「すいません‥他の人の手前もあって、なかなか難しくて‥。ただ澤さんはお膳を持って出ていったから、多分智さんの傍にいる筈なんです。」

そう申し訳なさそうに頭を下げた。

「そうだったんだね。気が付かなくてごめんね。」

和也が苦労してるのを労いもせずに、そんな態度を取ってしまったことを素直に詫びた。
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