愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第10章 智勇兼備
翔side
しばらくは静かだったけど、鈍い物音が微かにして‥
多分‥泣いているような智の声に混じって、それを咎めるような兄さんの声が聞こえてきた。
酷いことをされてる‥そんな声だった。
おれが余計なことを言ったから‥?
どうしよう‥おれのせいだ‥
さっき話した何かが兄さんの機嫌を損ねてしまったんだ。
「ごめん‥智、おれのせいかもしれない‥」
どうしようもなく分厚く立ちはだかる白い壁に額を押し当てて、くぐもって聞こえる智の泣く声に、無力な自分が悔しくて‥情け無くて涙が流れた。
やがてその声もしなくなって‥
思い立ったおれは涙を拭うと入り口の木扉まで走っていって、硬いそれに耳を当てる。
もう居ても立っても居られなかった。
多分兄さんは汗を流す為に部屋を出る筈‥。
開かないって分かってても、壁よりは薄い木扉の傍で声を掛ければ、もしかしたら智に届くかもしれない。
泣かないでって‥助けに行くから待っててって‥言ってあげたかった。
程なくすると思った通り木扉の開閉の音がして、おれの部屋の前を通り過ぎる足音が聞こえる。
おれは心の中で数を数え‥階段を降りきったであろうと、木扉の隙間から外の気配を窺った。
階下で話し声が微かに聞こえるものの、人が上がってくる気配はなくて。
見つかったら終わりだ‥
一瞬、迷いはあったけど、思い切って部屋を出ると、兄さんの部屋の木扉の取手に手を掛けた。
すると‥
鍵が‥開いてる‥⁈
動かないとばかり思っていた取手が回り、それを引くと重い木扉がゆっくりと開いた。
何で‥?
おれは信じられない思いで、その扉の隙間から中を見渡して‥
寝台の上に横たわっている智の姿に息が止まりそうになった。
あんなこと‥あんな酷い、こと‥
両手を結わえられ、跳ね上がった襦袢からうつ伏せた下肢が露わにされたままの智は、身動き一つしなかった。
思わず駆け寄って、手折られた身体を抱き起こしたい衝動に駆られる。
両手の自由を奪っている紐を切って‥連れて逃げたい‥。
突き上げてくる想いにぐっと奥歯を噛む。
だめだ‥
今は行っちゃいけない‥
もし誰かに‥兄さんに見つかったら
二度と会えなくなるかもしれない。
おれは溢れてくる涙を呑んで‥その木扉を閉めた。