愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第10章 智勇兼備
潤side
やがて声を発しなくなった身体を寝台に投げ出すと、そのまま部屋を出る。
汗と精で汚れた身体を洗い流そうと階段を降りていくと、奥から苦虫を噛み潰したような表情(かお)をした男と出くわした。
俺は見たくもないその表情(かお)に気付かれぬよう小さく溜め息を吐く。
するとその男はすれ違いざまに
「お前は少々躾のなってない者を飼っているようだな。」
と皮肉とも取れる忠告を寄越す。
どこまでも嫌味な男だな。
顔を合わせれば人を値踏みするような目をし、蔑めるような言葉しか吐かない初老のその男に恭しく頭を下げてやる。
そうすれば満足なんだろう‥?
俺を捩伏せ、従わせることができれぱ‥お前は気が済むんだろう。
「ああ‥失礼しました。どうも精気が有り余っているようで。」
視線を下げたまま、父親の足元の床を睨み付ける。
「元気が良すぎるのは結構だが‥轡(くつわ)でも噛ませておけ。ここはお前一人の屋敷ではない。」
轡(くつわ)‥‥か。
いかにも、この男の言いそうなことだ。
「そうですね。‥躾をし直さないといけませんね。」
そう言って、あくまで従順の姿勢を崩さない俺を鼻の先で笑った男の靴音が遠ざかる。
俺はゆっくりと顔を上げ、悠然と歩くその背中を焦がさんばかりの憎しみを込めた目でひと睨みし背を向けた。
そしてその歩く先の廊下の隅には澤が待っていた。
どうせ今のやり取りを聞いていたんだろう。
「俺が居ないうちに部屋を片付けておけ。部屋の鍵は開けてある。躾のなってない男は紐で括りつけてあるから逃げられはすまい。」
今度は俺がすれ違いざまに片付けを言い付けると、頭を垂れていた老女はびくりと身体を震わせ、更に深く頭を下げる。
「くくっ、轡(くつわ)がいるそうだ‥。お前の飼い主は俺よりも惨忍な男だったんだな。」
すると主人を庇うつもりなのか、澤は小さく首を横に振る。
大したもんだ‥この女も。
「兎に角、俺は疲れてるんだ‥これ以上神経を逆撫でするようなことはするな。」
吐き棄てるように言うと、頭を下げることしか能のない老女にも背を向けた。