愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第10章 智勇兼備
智side
窓の外が茜色に染まってきた頃、潤が馬場から戻ってきた。
潤は寝台で枕を背に膝を抱える僕に、一切の目もくれることもなく乗馬服を脱ぐと、両手に嵌めていた手袋と一緒に長椅子に叩き付けた。
珍しく苛立ちを隠さないその様子に、僕はそっと寝台を抜け出ると、引き摺る襦袢の裾もそのままに、長椅子に投げつけられた乗馬服を拾い上げ、軽く叩いてから洋服掛けにかけた乗馬服を、衣紋掛けに吊るした。
「何か‥飲み物用意しますね?」
僕を気にすることもなく長椅子に腰を下ろした潤に向かって声をかけながら、最近外国から仕入れたというお酒を硝子の器に注いだ。
「どうぞ‥」
褐色の液体を注いだ器を潤の前に差し出す。
すると潤は何も言わずそれを受け取り、一気に飲み干した。
そして空になった器を僕の前に差し出すと、その時になって漸く僕に視線を向けた。
「どうした‥、今日はやけに気が利くじゃないか‥。何か良いことでもあったのか‥?」
言われて僕の脳裏に、昼間した翔君との壁越しの秘密の遊びが過る。
でもそれを潤に悟られるわけにはいかなくて‥
僕は緩みそうになる頬を強張らせると、ゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、何も‥」
「そうか、そうだろうな‥」
再び液体で満たした器を受け取ると、今度は少しだけ口を着けて、僕に向かって差し出した。
「お前も飲め」
「えっ‥、あの、僕は‥」
これを飲んでしまったら僕はまた‥
自分が自分でなくなるような、あの屈辱にも似た感覚を思い出して、一瞬身体を震わせた僕を、赤く充血した鋭い視線が射貫く。
「飲めと言っている」
「‥いや、です‥」
ふるふると首を振りながら、一歩後ずさった僕の手首を、潤の熱を帯びた手が掴む。
「ほう‥、俺に逆らうとは‥、お前も随分と偉くなったものだな…」
「そんなことは‥、僕はただ‥」
これ以上潤を苛立たせまいと、冷静に振舞おうとすればする程、動揺を隠せなくなる僕の目の前で、潤がふらふらと立ち上がり、僕の顎に手をかけた。
酒のせいだろうか‥血走った双眸が僕を見下ろす。
怖い‥
この手から逃れなければ‥
咄嗟に潤の手を振り払おうとした。
でも‥
「痛っ‥」
僕の爪の先が潤の頬を掠めた。