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愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】

第10章 智勇兼備


翔side


おれが飽きることなく壁の向こうにいる智と時間を過ごしていると、突然木扉を鋭く叩く音がして、一呼吸おくと返事を待たずにそれが開き

「失礼いたします、潤坊ちゃんが間もなくお戻りになられます。」

部屋の中に滑り込んできた和也が慌てた様子でそう言った。

窓の外を見れば夕暮れも近い時間になっている。


「もうそんな時間なんだね‥。ありがとう和也。」

少し息を切らせている彼から視線を外すと、終わりの合図にゆっくりと三回壁を叩いた。


そして壁際を離れると、少し皺になってしまった洋服の裾を叩いて、兄さんを迎えに行くために部屋を出る。


内心‥複雑な思いはある。

父様にも兄さんにも。

でも今はそれを口に出す時期(とき)じゃない。


少し後ろから付いてくる和也と階段を降り、ちょうど吹き抜けの玄関に着いた時、入り口の扉が開き乗馬服姿のままの兄さんが帰ってきた。

おれは大きく息を吸うと

「お帰りなさい、兄さん。」

出来得る限り明るい声で、そう話しかける。

「なんだ‥帰ってたのか。なら馬場に顔を出せばよかったのに。朝も探したんだぞ?」

兄さんは軽く汗を流して気分が良いのか、おれの肩を軽く叩いた。

「ごめんなさい、実は雅紀さんのお屋敷にお邪魔してて‥久しぶりだったから楽しくて、長居をしてしまったんです。」

今日訪ねたことは隠せないと思ったから、そう正直に話したんだけど、途端に兄さんの顔が曇る。

「雅紀?あいつに何の用があるっていうんだ。」

「あの、本をお借りしたくて‥。面白い本をお持ちだって聞いたから。」

何故か少しずつ表情(かお)が険しくなっていく兄さんにはらはらしながら、言葉を選んで事情を話していると、

「もういい。」

冷たく突き放されて、すり抜けていく背中を呆気に取られて見送る。


おれ‥なんか不味いこと言ったかな‥


後ろに居た和也を振り返っても、おれと同じように驚いたような‥怯えたような表情(かお)をしていた。

足音高く階段を上がっていく後姿に、一抹の不安を覚える。


どうしよう‥兄さんの機嫌を損ねてしまった。

その矛先が智に向いてしまわなければいいけど‥

おれは少し遅れて階段を駆け上がり部屋に戻ると、息を潜めて隣の部屋の物音に耳を澄ませた。
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