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愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】

第10章 智勇兼備


智side


いつの頃からか、僕は壁に背中を預け、翔君からの合図を心待ちにするようになっていた。

おはよう‥
行ってきます‥
ただいま‥
おやすみ‥

いつだって決まった時間に叩かれる壁。

例え言葉が交わせなくても、顔を見ることが出来なくても、その音だけで僕はこの囚われた状態にも耐えられた。


すぐ近くに翔君がいる‥


そのことだけが、僕のこの冷え切った心を温かくした。

僕はいつしか翔君に対して、仄かな恋心を抱くようになっていた。

尤も、最初はこの気持ちが恋心だなんて、気付きもしなかったけれど‥

日増しに大きくなっていく思いを、自分ではどうすることも出来ず‥



憎むべき相手の息子だって分かっているのに‥
僕なんかが好きになっちゃいけない相手だって分かっているのに‥


それでも翔君のことを想わずにはいられなかった。


翔君‥、君は今何をしているの?


朝から一度も叩かれない壁に寂しさが募る。

僕は一人、広い部屋の片隅で壁を背に膝を抱えた。

僕達が壁伝いの会話を楽しめるのは、潤が出かけている、束の間‥ほんの僅かな時間しかないのに‥

耳をぴたりと壁に着けてみる。

すると微かな物音と、翔君の声‥

そして小さくて良く聞き取れないけれど、確かに聞き覚えのある声が聞こえてきた。


あの声は‥もしかして和也?

ううん、そんな筈はない。
だって和也は調理場の下働きとしてこの屋敷に潜り込んだと聞いている。

その和也が翔君の世話係になることなんて、考えられない。

きっと僕の聞き違いだ。


小さな笑いを漏らして、溜息を落とした丁度その時、まるで僕の様子を伺うように、こんこんと小さく壁を叩く音が聞こえた。


翔君‥?


僕は膝を抱えていた腕を解き、寝台に飛び乗ると壁に頬を摺り寄せ、耳を澄ました。

こんこん‥

続けて聞こえて来た音に、僕の心臓が跳ね上がった。


翔君‥ああ‥翔君‥


僕は軽く握った手を壁に当てると、聞こえて来る音に応えるように、軽く二度壁を叩いた。


僕はここだよ‥

翔君、君が好きだ‥


決して告げることを許されない言葉を、心の中で呟きながら‥
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