愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第10章 智勇兼備
そう言ったおれを見て頷きをくれた雅紀さんは、もうおれの頭を撫でることなく‥力強く肩を叩いてくれた。
「さあ、ずいぶんと時間が過ぎてしまったね。大方のことは見当がついたし‥私の方も準備を整えておかねばならないから、今日はここまでにしよう。」
「はい。暮れも押し迫ってますし、兄さんがうちを空けることも増える筈だから。その間に智と話しをしようと思います。」
おれたちは立ち上がりながら、この先のことを少し話して。
小さな玄関で座り込んで靴を履いていると、先に降りて戸を開けようとしていた和也を後ろに立っていた雅紀さんが呼び寄せて‥
「くれぐれも無理をしてはいけないよ。本当は片時も離したくないほど心配なのだから。」
と抱き寄せているような気配を感じた。
「はい、わかりました‥。」
そうくぐもった和也の声がすると、小さな水音が聞こえてきて。
どうしていいかわからないおれは、じいっとそのまま息を殺して大人しく待つより他なく。
程なくして水音が止み、どちらのものともつかな吐息が聞こえた。
「すまないね、翔君。私は和也の困った顔を見るのも楽しくてね。つい悪戯をしてしまうのだよ。」
笑いを含んだその声に振り返ると、真っ赤な顔をした和也がしがみ付くように雅紀さんの胸に抱かれていた。
「ひどいです、雅紀さん‥なにも翔坊ちゃんの前で‥」
恥ずかしくて顔を上げられないのか、おれに背中を向けたまま、小さな声で抗議している。
「くくっ、相変わらず愛らしいことだ。翔君もそう思わないかい?」
憚かることなく和也のことを可愛がる雅紀さんだって、充分可愛らしく感じてしまったけれども、まさかそう言う訳にもいかず笑いを堪えながら頷いた。
あったかい‥
2人の間に流れる空気が温かくて、見ているおれまで幸せな気持ちになる。
「ええ、和也は愛されてるんですね。」
おれが素直にそう口にすると、こちらを振り返った和也が少し情け無い顔をして
「ぼ、坊ちゃんまでっ、もう‥2人して揶揄うなんて‥。」
ひどいですって、唇を尖らせた。
そうしてひとしきり笑ったおれたちは離れを出て、門まで見送られた。
外には迎えに来ていた馬車の扉が開けられいて
「雅紀さん、ありがとうございました。また本の続きを貸して下さいね。」
振り返ったおれは、従者たちの耳に届くように大きめの声でそう言った。