愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第10章 智勇兼備
和也side
小さな背広と、雅紀さんの口から語られる言葉に、胸が痛くなる。
智さんが一体どんな思いでこれまでの時を生きてこられたのか‥
愛してもいない相手に、自ら身を差し出すことが、どれ程辛かったことか‥
雅紀さんに愛されていると身をもって知った今、それがどんなに悲しいことなのか、痛いほど分かる。
きっと血反吐を吐くような思いを何度もしてきたに違いない。
俺は唇を噛むと、膝の上に乗せた手をきゅっと握りしめた。
「翔君、君が本当に智を助け、守ってやりたいと思うなら、これを託そう。あの子が奪われた以上の物を、君が‥いや、二人で手にすることが出来れば、智は救われるのではなかろうか」
翔坊ちゃんの手の上に乗せられた小さな背広に、零れ落ちた雫がいくつも染みを作っては消えて行った。
きっとこの人は俺と同じくらい‥いや、それ以上に苦しんでいる筈‥
そうでなけりゃ、こんなにも静かに涙を流したりはしない。
俺は握りしめていた拳を解くと、そっと翔坊ちゃんの震える両手を包み込んだ。
「坊ちゃん、智さんはきっと坊ちゃんが、救ってくれるのを待ってるんだと思います」
「智‥が‥?どうしてそんなことが‥?」
「さあ、どうしてなのか、それは俺にもわからないけど‥、でも分かるんです。智さんは坊ちゃんのことを待ってる筈です」
理由なんてない。
確信だってない。
ただ幼い頃からずっと智さんを見てきたからこそ、俺には智さんの考えていることが手に取るように分かるんだ。
「本当に‥?智が俺を‥?」
「ええ、きっと‥」
大きく頷く俺を見る翔坊ちゃんの目に、少しずつ光が満ちていく。
「出来るかな、俺に‥」
小さな背広を胸に抱き、手の甲で乱暴に涙を拭うと、まだ少し濡れた目で真っ直ぐに俺を見つめた。
「俺、智を守りたい。ううん、俺が智を守る。例え父さんや兄さんを敵に回したとしても、俺が‥」
そう言った翔坊ちゃんの目には、強い決意のような物が見て取れた。