愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第10章 智勇兼備
雅紀side
和也は抱き寄せた腕の中で、あまりの衝撃に身体を震わせる翔君を見て唇を噛むと、私の肩に額を押し当てて涙を堪えていた。
知らされた過去の重さに我を忘れ、智への罪悪感に押し潰されてしまいそうな翔君は、親の罪を我が罪のように感じているようだった。
それだけ‥智のことを想っているということなんだろう。
また智も‥翔君が親の仇と知っていたはずだ。
「じゃあ‥智は全てを知った上で‥兄さんのところに?」
親を奪われた悲しみを抱えた智が、何故松本の懐へ飛び込んでいったのか‥私にもわからない。
「その答えは智にしかわからないよ。翔君はそれを聞く勇気はあるかい‥?」
もしかしたら、それは取り返しのつかない深手を負わせ、再び悲劇をもたらすかもしれない危険を孕んでいるのかもしれない。
翔君はそれでも智の思いを受け止める勇気があるのか。
私は若い魂が持つ衝動だけに任せることは出来なかった。
もう‥悲劇を繰り返してはいけない‥
「知りたい‥何であんな思いをしてまで、兄さんのところにいるのか‥、」
彼は迷い苦しみながらも、それでも踏み止まって前を向こうと‥懸命だった。
「何を聞いても‥智を守ることだけを考えられるかい?」
かつて愛した者を守ると言ってくれるのならば‥
私はその言葉に頷きを見ると、和也を抱いていた腕を解いて立ち上り、部屋の隅にある箪笥の引き出しの中から風呂敷に包んだものを取り出した。
歳若い2人が見つめるなか、包みをひらいてゆく。
「これはね‥智のものだ。初めて私たちが出会った日、あの子が着ていた背広なのだ。」
風呂敷の上に畳まれた小さな背広に、二人の視線が釘付けになる。
「こんなに‥小さかった、子供‥なのに」
「そうだ。いくら聞いても名前すら教えてくれなかった。ただ泣いているだけの子供だったんだよ。」
翔君はみるみる間に大きな目に涙を溜め、そっと背広を撫でた。
「あの子を守るという私の役目は終わったと‥そう思っていた。だが、智は今、助けを求めているのだろう‥?」
私の言葉に顔を上げた2人を見て‥その者たちの瞳の中にある良心に語り掛ける。
「翔君。君が本当に智を助け、守ってやりたいと思うなら、これを託そう。あの子が奪われたもの以上のものを、君が‥いや、二人で手にすることができれば、智は救われるのではなかろうか。」