愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第10章 智勇兼備
「大丈夫、私が付いているよ」
雅紀さんの手が俺の頭を撫でた。
俺は一瞬瞼を閉じると、一つ長めに息を吐き出した後、意を決したように瞼を開いた。
話してしまおう‥
俺が知っていること全てを‥
翔坊ちゃんも、雅紀さんも、そしてこの俺も、形は違えど智さんを思う気持ちは同じだから‥
「雅紀さんが智さんを拾う丁度半月程前、智さんのご両親が、何者かの手によって殺害されたんです」
「えっ‥?」
二人が一瞬息を呑むのが分かった。
それでも俺は語る口を止めることはなく‥
「その後智さんの‥大野家の家督は何者かに奪われ、智さんも、大野家で仕えていた使用人も、全てお屋敷から追い出されることになってしまって‥」
そこまで言ってから、俺はその先の言葉を一旦飲み込んだ。
その先を話せば、きっと翔坊ちゃんが悲しむことになる。
一心に智さんを案じる、心優しい人を悲しませるのは、俺にとっても耐えがたいこと。
でも智さんを救うためには‥
「どういった経緯か、智さんは知ってしまったんです、ご両親を殺害した犯人の正体を‥」
「ちょっと待ってくれないか‥」
言いかけた俺を止めたのは、雅紀さんだった。
雅紀さんは顎に手をかけると、険しい顔をして首を何度も捻った。
「私も当時はまだ年若かったから詳しくは知らないが、侯爵と侯爵婦人が亡くなったのは、病死だと伝え聞いているが‥、それは事実ではなかった、と言うことかい?」
俺は雅紀さんに無言で頷いて見せた。
少なくとも俺は智さん自身からそう知らされているから‥
「和也は知っているの?その、犯人とやらを‥」
表情を強張らせる雅紀さんとは一転、翔坊ちゃんの顔はどこか怒りに満ちていて、俺はその先を話すことを躊躇ってしまう。
あんなに決意を固くしたのに‥
「ねぇ、教えてよ和也。一体誰なの?おれ達が知っている相手なの?」
翔坊ちゃんの手が俺の肩を掴み、答えを急かすように揺さぶる。
「それは‥松本家の旦那様‥、つまり翔坊ちゃんのお父様でございます‥」
「そん‥な‥‥」
瞬間、それまで俺の肩を掴んでいた手がだらりと力なく垂れ、翔坊ちゃんはその場に崩れた。