愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第10章 智勇兼備
和也side
学校が休みと言うこともあってか、朝早くに俺を迎えに来た翔坊ちゃんと俺達は、智さんが暮らしていた、あの離れに入った。
雅紀さん自身久し振りに足を踏み入れたのか、その顔は少しだけ緊張しているようにも見えた。
「和也、済まないが窓を少しだけ開けてくれるかい?」
ずっと閉め切ったままにしてあったせいか、心なしか空気が重い。
「はい」
俺は人数分の座布団を用意すると、言われた通りに窓を少しだけ開けた。
冷たい空気が流れ込み、それまであった籠ったような空気を散らしていった。
「あの、ここは‥?」
そうか、翔坊ちゃんは知らないんだ、智さんがこの離れにいたことを‥
「この離れはね、智のために私が父に頼んで建てた家なんだよ」
雅紀さんが‥?
智さんのために‥?
「智はね、幼い頃に私が拾ってきてから、ずっとこの離れで暮らしていたんだ」
「智が‥ここで‥」
翔坊ちゃんの視線が、そう大して広くもない部屋の中をぐるりと巡る。
まるでそこに智さんの面影を探しているかのように‥
「私が桜の木の下で、一人泣いていた智を拾ったのは、確か智が九つだっただろうか‥。元は仕立ての良さそうな背広を着た智は、見るも哀れなくらいに痩せ細っていて、あの時の私は、そんな智を放っておくことが出来なかったんだろうな‥」
幼い頃の智さんを瞼の裏に思い浮かべているのか、雅紀さんの目が潤んでいるように見えて‥
俺は膝の上で結んだ雅紀さんの手をそっと握った。
「屋敷に連れ帰ってからは、私が智の面倒を全て見てきたんだよ。あの子は自分では何一つ出来なかったからね‥」
でもそれは智さんが悪いわけじゃない。
智さんの育った環境が、智さんをそうさせたんだ。
だって大野家の嫡男である智さんの周りには、いつだって何人もの使用人がいたから‥
「あの‥、智はどうしてその‥桜の木の下に‥?和也は理由を知っているんでしょ?」
「それは‥その‥」
突然話を振られて口籠ってしまった俺は、思わず隣の雅紀さんの顔を見上げた。