愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第9章 愛及屋烏
「あの‥、怒って‥ますか?」
俺達の間に流れ始めた沈黙の時間に、先に耐えられなくなったのは、俺の方だった。
ずっと俯いたままだった顔を上げ、濡れた瞳で雅紀さんを見つめた。
すると少し困ったように瞼を伏せ、息を吐き出した雅紀さんが、くすりと笑って俺の頬を指で摘んだ。
「そうだね‥、私は怒っているよ?」
やっぱり‥
自ら望んでついた嘘ではないにしても、俺は雅紀さんを裏切っていたんだ、ずっと‥
「怒って下さい、気の済むまで‥」
怒られて当然のことをしたんだ。
もし仮に殴られたとしたって、俺はその罰を受けなくてはいけないんだ。
「そうだな‥、ではこうしないかい?今夜和也は私の物になる‥と言うのはどうだい?」
「えっ‥?あの、それってその‥」
思いもよらなかった言葉に、全身の血液が集中してしまったように、顔が熱くなる。
「勿論、和也に断る権利はないが‥。どうする?」
「どうするも何も‥」
俺には断る権利すら与えられていないのに、一体どう答えていいものか考えあぐねる俺に、雅紀さんの手が伸びて来て、気付いた時にはその広い胸に包まれていた。
そして俺の髪に頬を埋めながら、そっと背中を撫でると、
「私からの罰‥受けてくれるかい?」
耳元でそう囁いた。
俺は雅紀さんの胸に頬を埋めたままで小さく頷くと、柔らかな緑の匂いが染み込んだ羽織の襟をきゅっと握り締めた。
「喜んで‥お受け致します‥」
まるで蚊の泣くような声で言った俺のその言葉を待っていたのか、俺の身体が急に宙に浮いたかと思うと、雅紀さんの腕に抱き抱えられるようにして、寝台へと運ばれた。
「あ、あ、あのっ‥!」
「ん?どうした?」
俺を見下ろす雅紀さんの目の奥に、熱い炎のような物が見えて、俺は思わず身体を強ばらせた。
「まだ風呂にも入ってないし、それに‥」
「それに‥?」
「また腹の虫が邪魔をしては申し訳ないので‥」
何とかしてその場から逃げ出そうと、必死で言い訳を重ねる俺が滑稽だったのか、雅紀さんがくすくす殺した笑いを漏らしながら肩を揺らした。