愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第9章 愛及屋烏
その声に目を開けた雅紀さんは彼を呼び、震える身体を抱きしめると、
「心配しなくていい、私が愛おしいと思うのは和也だけだ。君のことを疑うなんてことは無い。」
優しく語りかけ、その背中を撫でて‥
和也は抱かれた腕の中で小さく頷きながら、肩口に頬を寄せていた。
そうして和也が落ち着くのを待った雅紀さんは、ゆっくりと視線をおれに向けると
「智はね‥元は私が大切に守っていた子なのだよ。」
静かにそう告げた。
静かなその言葉に和也はぎゅっと身体を硬くして、雅紀さんの羽織を握りしめる。
雅紀さんが大切に‥守っていた‥?
「それじゃ、何故智は兄さんのところに‥?」
雅紀さんの言っていることが本当だとしたら、どうして智はわざわざ兄さんに囚われるようなことになったんだろう。
おれは分からないことだらけで混乱していた。
「私が松本に引き合わせてしまったんだ‥そしてそのまま智は私のところには戻ってこなかったのだ。その意味は分かるかい‥?」
「智は‥自分が望んであそこにいるんだって‥‥」
「そう、あの子は自分から私の元を離れていったのだ。」
そこまで話した雅紀さんは小さく溜め息を吐き
「だが、まさかそんな事になっているとは夢にも思っていなかった。幸せに暮らしているとばかり思っていたのに‥」
沈痛な面持ちで唇を噛んだ。
和也は雅紀さんが話している間、何かに怯えるようにずっと身を硬くしている。
おれはその様子も気になったんだけど、それよりも先に智を兄さんのところから連れ出したいって思いの方が勝っていて‥
「何とか‥智を兄さんの部屋から連れ出してやりたいんです。お願いします‥手を貸して下さい。」
食い下がるように、もう一度頭を下げた。
すると雅紀さんは考え込むような表情(かお)になる。
自ら自分の元を離れていった智を連れ出すことに、躊躇いがあるのかな‥。
その時のおれは、『大切に守っていた』ということの意味が、よく分かっていなかった。
「翔君、少し考える時間をくれないかい?決して悪いようにはしないが、松本がそこまでして智を傍に置いているのなら、簡単にはいかないだろう。」
「はい‥人を、智を鎖で繋いでるくらいだから‥。」
その智がいなくなったとしたら、激昂して何をするかわからない怖さがあった。