愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第9章 愛及屋烏
翔side
馬車に揺られながら自分が途轍もなく大それたことをするんじゃないかって不安になる気持ちと、雅紀さんならきっと力を貸してくれるんじゃないかって期待が入り混じって、どうにも落ち着かない。
あの日以来、兄さんに抱かれ快楽に溺れる智の声を耳にする度、苛立ちが募り‥一刻も早く彼を連れ出したいって思う毎日だった。
でも用心深い澤は兄さんの部屋の鍵を片時も離さないらしく、和也も困り果てていて。
そして今日、学校から帰ったおれが部屋に入るなり、彼は思い詰めたような表情で、雅紀さんに相談してみてはどうかと案を出してくれた。
おれたちだけでは八方塞がりで手も足も出せなかったから、藁にもすがる思いで、こうして兄さんの友人である雅紀さんの元へと向かっているのだった。
じきに頼りにする人の屋敷に着くと、和也は慣れた様子でその中へと入っていく。
それに心做しか、表情も柔らかくなっていて‥その様子を見ていると、おれに間柄を知られてあたふたとしていたことを思い出して、つい揶揄ってしまった。
すると真っ赤になって階段を駆け上がった和也は、迷うことなく立ち止まった扉の中から出てきた雅紀さんに抱き留められて更に顔を赤くするし、おれに気が付かずに恋人に接吻しようとした雅紀さんは顔を強張らせるしで。
可笑しいやら羨ましいやらで、迅る気持ちが少しだけ楽になった。
それまでは半信半疑だった2人の間柄‥。
だけど雅紀さんが和也を見る目はどこまでも優しくて、見つめられた和也もはにかむように微笑み返している。
兄さんの友人ではあるけれど、この人なら智を連れ出す手助けをしてくれるかもしれない‥そんな思いが強くなった。
「助けて欲しい人がいるんです。」
おれは必死な思いで頭を下げる。
すると隣にいる和也も同じように頭を下げて、お願いしますって言葉を重ねた。
「どうしたというのだ、急に二人して‥。私に相談というのは人助けなのかい?」
少し驚いた様子の雅紀さんは、顔を上げてくれないかと付け加えると、
「そういうことなら松本のほうが適任だろう。なぜわざわざ私に‥?」
訝しげな表情でおれを見つめ返した。