愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第9章 愛及屋烏
雅紀さんの部屋の扉を叩く。
すると扉の向こうから微かに聞こえた、恋人の声に心臓が張り裂けそうに鼓動した。
「あ、あの‥和也です。突然お邪魔して‥うわっ!」
言い終えるよりも早く開かれた扉に、俺は腰を抜かす勢いで後ずさった。
「和也!」
不意に伸びて来た腕に抱きとめられなければ、間違いなく尻餅を付いているところだった。
「どうしたんだい、休暇でもあるまいし‥、私に会いに来てくれるとは‥」
雅紀さんは俺の背中を愛おしそうに撫でると、
「さあ、良く顔を見せておくれ?」
と、俺の顎に手をかけた。
接吻される‥
俺は慌てて雅紀さんの腕から抜け出すと、少し離れた場所でことの成り行きを見守っていた翔坊ちゃんを振り返った。
「お久し振りです、雅紀さん‥。翔です」
そう言った翔坊ちゃんの肩は、案の定揺れていて‥
俺はそれでも尚、俺を抱き寄せようとする雅紀さんの胸を押しやった。
「翔くん‥かい?すっかり見違えてしまったよ」
咄嗟に平静を装う雅紀さんだけど、その顔には苦笑しか浮かんでいなくて‥
「あの、実は折り入ってご相談したいことが‥」
俺は雅紀さんの腕を掴んだ。
「私に‥かい?」
「はい。雅紀さんしか頼れる人がいなくて‥」
俺の意を察したのか、雅紀さんは俺達の顔を交互に見ると、部屋に入るようにと促した。
「今お茶を用意させるから、そこにかけて待ちたまえ」
言われるがまま長椅子に腰を下ろすと、雅紀さんは扉を少しだけ開けて呼び鈴を鳴らした。
程なくして届いたお茶を一口啜ると、雅紀さんが真剣な面持ちで身を乗り出した。
「それで、私に相談というのは‥?」
「実は‥」
言いかけたものの、正直俺は半ば翔坊ちゃんに引き摺られるように連れて来られたせいか、上手く考えが纏まっていなくて‥
俺は縋るように、隣に座る翔坊ちゃんに目を向けた。
そんな俺に気付いたのか、翔坊ちゃんは息を大きく吸い込むと、
「助けて欲しい人がいるんです」
と、雅紀さんに向かって頭を下げた。
その目が、心做しか潤んでいるようにも見えたのは、俺の気のせい‥だろうか?