愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第9章 愛及屋烏
二人きりになった馬車の中で、翔坊ちゃんはずっと窓の外を眺めたまま、一切口を開くことはなかった。
智さんのことを考えているんだろうか‥
口にこそ出さないけど、おそらく翔坊ちゃんは智さんのことを慕っている。
以前の俺ならきっとそんなことにも気付かなかっただろうけど、今の俺なら分かる。
翔坊ちゃんは智さんのことを好いておられるんだ‥
やがて馬車が停まり、扉が開かれると、俺達は馬車から飛び降り、すぐ前にある門を潜った。
「ごめん下さい」
玄関の戸を引き、声をかける。
「誰かと思ったらお前さんかい」
出迎えたのは、見知った顔の使用人だった。
「あの、雅‥旦那様は‥」
危うく口を滑らせそうになって、思わず慌ててしまう。
「ああ、お部屋におられるが‥、そちらは?」
そこまで言って、使用人の視線が俺の背後にたった立った翔坊ちゃんに向けられた。
「こ、この人は‥、私の友人で‥」
俺は咄嗟に嘘をついた。
安易に翔坊ちゃんの身分を明かすのは、得策ではないないと思ったからだ。
「あの、お邪魔しても?」
「ああ、お前さんのことは旦那様からよーっく言い付かってるから、遠慮はいらないよ。さあ、上がんな」
俺達は使用人に頭を下げると、二階へと続く階段を並んで登った。
その途中、翔坊ちゃんが何かを思い出したように肩を揺らして、くすくすと笑い出した。
「坊ちゃん‥?」
「いやね、随分と嬉しそうだな、と思って‥」
「な、何のこと‥です?」
「だって和也ったら、さっきから頬が緩んでいるんだもの。恋人に会えるのがそんなに嬉しいのかな、と思ってね?」
「そ、そんなこと‥滅相も‥」
口では否定しながら、でも熱くなる顔はどうにも隠すことが出来なくて‥
俺は両手で顔を覆うと、残りの階段を一息に駆け上がった。
理由はどうあれ、雅紀さんに会える‥
智さんを思う坊ちゃんには申し訳ないが、俺の心は弾んでいた。