愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第6章 籠鳥恋雲
少し経って白湯を持ってきた澤は、あの者のことが気掛かりな様子を見せていたが、明日の朝まで顔を見せるなと言うと、夜更けということもあって早々に部屋を出ていった。
俺は過ぎた酒に灼けた喉を潤すと、いつも手にする鍵ともう一つ‥別の場所に入れていた鍵を取ると、薄暗い部屋への階段を上がる。
物音ひとつしない部屋の扉を開けると、壁際に背中を付け布団に包まって寝ている大野智の姿が見えた。
天窓から降り注ぐ月明かりが、その者の青白い頬を浮かび上がらせている。
お前は‥捨てられていたのか。
ぴくりとも動かない布団の脇に膝をつくと、冴え冴えとした白い頬を撫でる。
親の愛を知らない‥哀れな者
雅紀はそう言っていた。
暫くその顔を見ていると、微かに震えた睫毛がゆっくりと上がる。
「‥んっ‥ん‥‥えっ‥⁈」
ぼんやりと開いていた目が俺を捉えると、大きく見開かれ顔を強張らせた。
「目が覚めたか。主人の帰りを待たずに眠るとは、随分と甘やかされていたようだな。」
「も、申し訳‥ありません‥てっきり、お休みになられたのかと‥」
慌てて起き上がった男は、肌蹴た長襦袢の胸元を押さえながら視線を落とした。
その仕草の一つひとつが男の慾を煽るのだと、承知の上だということか。
「まあいい。‥さっき、お前もよく知っている懐かしい男にあったぞ。」
「‥僕が?」
俺の言葉に釣られて顔を上げた大野智は、少し眉間に皺を寄せて小首を傾げる。
「ふっ、もう忘れたのか。」
‥‥忘れはしまい。
それとも自分が誑かした男のことなど、どうでもいいのか‥。
だが、すぐに我に返ったような表情(かお)をすると、口もとに手を当てて視線を彷徨わせ、
「まさか‥雅紀さん‥」
信じられないと声を震わせた。
「なんだ、覚えていたのか。捨てた男のことなど、すぐに忘れてしまうものだと思っていたが。」
「‥‥あの方とのことは、もう‥」
嘲るような俺の言葉に唇を噛んだ男は、胸元を押さえていた指先で襦袢の襟を握りしめていた。
「くくっ、あいつも同じことを言っていた。自分を捨てた者などに未練は無さそうだったな。お前は捨てたつもりかもしれんが、捨てられたのはお前だ。」
突き放すように言った俺を見つめ返していた大野智は、一度睫毛を伏せると、艶やかな焔を灯した瞳を見せた。