愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第6章 籠鳥恋雲
「ありがとう‥ございます、翔様」
僕が頭を下げると、途端に照れた様子で頭を掻き出す。
「あのね、“翔”でいいよ?おれも君のことは“智”って呼ぶから」
「そ、そんな‥滅相もございません。僕みたいな者が、そんな気安く‥‥」
使用人以下の、何の身分も持たない僕が、気安く名を呼ぶなんて‥仮にこの人が許したとしても、僕自身が許せない。
「そうか‥じゃあこうしない?僕は君を“智”と呼ぶから、君は僕を“翔君”と呼んでくれないかい?それなら智も気兼ねしなくても済むでしょ?」
そう言って髪を撫でられると、思いもしない提案にも、僕は頷くしかなくて‥
「‥はい」
顔を俯かせて、今にも消え入りそうな声で答えた。
「ふふ、決まりだね。宜しくね、智?」
僕の前に、何の穢れも知らない手が差し出される。
でも僕はその手を取ることがどうしても出来なくて、顔を俯かせたままでふるふると首を横に振った。
「駄目です‥」
「何が駄目なの?だって僕達はもう友達でしょ?だったら‥」
「駄目ったら、駄目なんです‥」
だって僕は手は汚れているから‥
こんな汚い手で触れたら、その綺麗な手だって、きっと真っ黒に染まってしまう。
「分かった。じゃあ握手はまたにするよ。その代わり、呼んでみてくれないかな、“翔君”って‥」
それくらいなら‥名前を呼ぶだけなら、と思い僕は息を深く吸い込む。
でも、
「しょ‥しょ‥く‥ん‥」
僕の口から出たのは、自分でも驚くような変な声で‥
僕は急に恥ずかしくなって、両手で顔を覆った。
なのに翔君は、そんな僕をくすりとも笑うことなく、そっと僕の肩を抱き寄せると、
「なんだい、智」
と、僕の耳元に返した。
それはとても温かくて‥それでいて甘い‥
そう‥、僕の口の中で溶けてしまった、あのキャンディのように、僕を優しく包み込むような声だった。
「あ、そうだ。智は幾つなの?見たところ、僕とそう変わらないように見えるけど‥」
「ついこの間、十八になったばかりです」
僕が十八の誕生日を迎えたのは、先月のことだ。
僕は誰一人祝ってくれる人などいない、この閉ざされた寒々しい部屋で、誕生日を迎えたんだ。