愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第6章 籠鳥恋雲
智side
「‥やめて、謝らないで‥」
僕はそんなこと望んではいない。
「でもおれの兄さんが、君を‥こんなに‥」
違う‥
僕が本当に望んでいるのは、嬲り物にされた事への謝罪なんかじゃない。
それでも一心に謝り続ける目の前の少年の姿が、とても痛々しく見えて‥
年だって僕とそう大して変わらないだろうに‥
「僕が、僕が‥いけなかったから‥」
僕は肌蹴た着物の襟を掻き合せると、何事もなかったように首を小さく横に振った。
これでいいんだ。
全ては愚かな僕の浅知恵が招いたこと‥
野心だけで大人を謀ろうとした、僕への罰‥
相手がどんな相手だか良く知りもせずに‥
「‥何も、食べてないんでしょ‥?」
俯いてしまった僕を、潤の弟が団栗のような目で覗き込み‥
僕は咄嗟に頷くと、
「お口‥開けてくれる?とっても美味しいから‥ね?」
今度は恐る恐る口を開け、小さな丸い玉を口の中に招き入れた。
小さな玉は、口の中で歯に当たると、ころんと音を鳴らし、そな甘い香りと味を、口の中いっぱいな広げた。
まるで、氷が溶けて行くみたいに、僕の凍てついた心がゆっくりと溶けて行くようで‥
「‥あまい‥あまいね‥‥」
からからに乾いていた喉も、掠れていた声も、いつしか潤いを取り戻していた。
「‥うん。おれのお気に入りだから‥」
そんな大切な物を僕のために‥?
わざわざ危険を冒してまで?
もしここに出入りしたことが知れれば、あの人のことだ、きっと弟であろうと厳しく折檻するだろうに‥
口の中で溶けて行く甘くて小さな玉に、僕は一時の幸せを感じて‥
気付けば、もうとうに忘れかけていた笑顔を浮かべていた。
「君、名前は‥?」
不意に問われ、僕は口の中でころころと転がる小さな玉を、舌先で奥に追いやると、
「さとし‥おおの、さとし‥」
小さな声で答えた。
すると今度は、
「‥さとしっていうんだ‥。おれ、翔」
団栗なのような目を輝かせて、潤の弟が言った。
「しょう‥さま」
「そう。松本翔」
不思議な感覚だった。
互いに名を名乗りあっただけなのに、目の前にいる‥昨日初めて会ったばかりの少年が、ずっと昔から知っていたような‥そんな錯覚に陥った。
そして僕をそっと包み込んだ羽織からは、どこかとても懐かしい匂いがしていた。