愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第6章 籠鳥恋雲
おれは、何とかその子の気持ちを解きたくて。
何とかおれの方を向いて欲しくて。
「‥何も、食べてないんでしょ‥?」
もう一度、顔を覗き込むと、そのままの格好で幼な子のように小さく頷く。
「お口‥開けてくれる?」
さっき拒まれたキャンディを手のひらに乗せて摘み直し、優しい香りのするそれを口もとに持っていくと、頑なに噤んでいた唇が少しだけ開いた。
「とっても美味しいから‥ね?」
そう言って、おれも口を開けてみせると、それを真似るみたいに小さな唇を開いてくれたなかに、丸い玉をそっと入れてあげた。
おれを見つめながら恥ずかしそうに閉じたその中で、ころんと甘い玉が転がる音がする。
すると強張っていた頬を少し緩めて、優しい目尻を細めると
「‥あまい‥あまいね‥‥」
って綿菓子みたいな声を聞かせてくれた。
可愛い、可愛い声。
それはまるで幸せな気持ちにしてくれる、このキャンディみたいな声。
「‥うん。おれのお気に入りだから‥。」
君と一緒に‥食べたかったんだ。
昨日、悲しげに涙を流してた君に、幸せな気持ちになれる魔法をかけてあげたかったんだ。
口の中で解けていく魔法に微笑みながら涙ぐむ君は、本当に優しげな表情(かお)になった。
「君、名前は‥?」
おれは寒そうな身体に羽織を掛けてあげようと、その子を呼ぼうとして、名前すら知らないことに初めて気がついた。
そしたらキャンディで片方のほっぺたを少し膨らませたその子は、
「さとし‥おおの、さとし‥」
って教えてくれる。
「‥さとしっていうんだ‥。おれ、翔。」
大空に羽ばたけるようにって、願いが込められてるんだって聞いたことがあった。
「しょう‥さま」
「そう。松本翔。」
おれたちはお互いの名前を知って、そう呼びあってみると、少しだけ心を許してもらえたような気がした。
打ち解けるっていうのには程遠いけど、ずっと泣いてばかりいた君‥さとしが、ほんの少しだけでも微笑みを見せてくれたことが、本当に嬉しかった。
そして脱いだ羽織で冷え切っていた身体を包んであげると、
「ありがとう‥ございます、しょうさま」
って夢見たいな微笑みを浮かべていた。