愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第2章 暗送秋波
「ああ‥でもまだまだ子供だよ。そういえば雅紀とは随分会ってなかったかな。」
弟君の話になると頬を緩めてしまう潤。
それも仕方あるまい。
あれほどに歳が離れていれば競い合う兄弟というよりか、庇護してやらなければという思いに駆られてしまうのだろう。
「弟君と最後に会ったのは、いつだっただろう‥」
半分ほど口にした赤く透けたグラスを少し揺らしながら、記憶を紐解いていく。
あれはまだ彼が入学したての頃だったか‥‥
校門から校舎まで続く石畳の道の両脇に咲き誇る桜の木の下で、真新しい詰め襟に身を包み、薄っすらと桃色に頬を染めていた青年。
潤とは違い、優しく大人しそうな佇まいだったことを思い出した。
「さあ‥少なくとも卒業してからは一度もないだろう。翔はまだ夜会に招かれる歳ではないから。」
保護者然と言う潤。
ちょうどその時ワルツの調べが止み、それを見た学友たちは各々御婦人方の手を取り饗宴場へといざなう。
‥‥まだまだ宴はこれからなのだな‥
薄っすらと霞のかかった月は‥まるで私の心の様をみているようだった。
屋敷に戻った私は、婦人達のむせ返るような香水の匂いを振り払うかのように、部屋には入らずその足で庭に出た。
競い合うかのように、こんなにも妖艶な香りを振り撒かれたのでは、料理から立つ繊細な香りまで掻き消してしまうのだから、たまったものじゃない。
しんと深い薄闇の香りは‥私の心を穏やかにする。
‥‥そして
薄闇の中に仄白く静かに咲く白百合は‥私を芳醇な香りで包み、官能の世界へといざなう。
その清らかな美しさと裏腹な甘く芳醇な香りを求めて、私の足は自然とそこへ向かった。