愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第6章 籠鳥恋雲
いくら固く目を閉じても一向に眠くならないおれは、寝返りばかりを打ち、気がつけば白々と夜が明け始めていた。
おれは諦めて布団を出ると、冷えた空気に羽織の前を合わせて、いつもと変わらない朝が訪れるのを待つ。
もう一度、あの子に会いに行こう。
兄さんは会合なんかで出掛けるはずだ。
一度出掛けてしまえば夕刻までは戻らないはずだし、その間だったら少し話しができるかもしれない。
おれは布団に戻り、朝食の用意が出来たと起こしにきた和也に、具合が悪いから学校へは行かないと初めて嘘をついた。
そして不在を怪しまれないように、他家への使いを頼んだ。
ついたことのない嘘をついてでも‥
もう一度会ってみたい。
やがて兄さんが出掛けていくような物音がして、馬の嘶きの後、軽やかな馬蹄が石畳道を弾むように駆け出す音が聞こえる。
よし‥もう大丈夫。
腰窓から遠ざかっていく馬車を見送ると、お気に入りの菓子を袂に入れて、昨日と同じ要領で階上の木扉までたどり着いた。
もう驚くことはない‥。
中に誰がいるかは分かってるし、その人に会いに来たんだから。
それでもどきどきと鳴る胸に軽く息を吐くと、滑らかな手触りの扉を押して中を覗いてみる。
すると‥その子は丸めた布団の上で背伸びをして、上から垂れ下がっている紐に首を掛けようとしていて‥
「何をしているんだい!馬鹿な真似は止めるんだ」
慌てて駆け寄り、頼りなく揺れる単衣の着物ごと抱き上げる。
「離して‥!僕はもう‥‥」
涙を流して身を捩る華奢な身体を抱えたまま、細い首に絡む紐を取ると、壊れ物を扱うようにそっと床に降ろした。
何でこんなこと‥
そして何の迷いもなく、ふるふると震える細い身体を胸の中に閉じ込める。
こんなに冷たい身体で‥
こんなに震えて‥
青ざめた頬に涙の流れた跡を幾つも残して‥
おれは頬を濡らす苦しみを拭い、哀しみに揺れる瞳に
「何があったのか、おれには分からないけど‥。いいんだよ、泣きたければ存分に泣けば‥」
そう教えた。
そしてみるみる間に涙を溢れさせた身体を抱き寄せて、幼な子が泣き噦るみたいに鳴咽に震える背中を撫で続けた。