愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第6章 籠鳥恋雲
智side
寒い‥
寒くて寒くて、身体が凍えてしまいそうなのに‥
こんな時に限ってあの男は‥僕に愛を求めたあの男は来ない。
僕がこの世で最も憎いあの男が‥‥
僕は薄い着物の上に、あの男が残していった羽織を重ねると、それでも尚凍える身体を布団で包んだ。
その時だった、
僅かに木の軋む音が聞こえて、僕は耳を峙(そば)だせた。
ゆっくりと近づいてくる音がぴたりと止まると、布団に包まっていても分かる程冷たい空気を引き連れ、今度は僕の目の前で止まった。
あの男が帰って来たんだ‥
今夜は帰らないかもしれないと言っていたのに‥
また僕を甚振りに来たんだ‥と、そう思っていた。
でも、上げた視線の先にいたのは、あの男ではなく‥まるで幽霊でも見たかのように団栗(どんぐり)のような目を大きく見開いた、歳の頃は僕と変らないくらいの少年だった。
誰‥
この人は‥誰‥‥?
ここに閉じ込められてからというもの、僕はあの年老いた使用人と、潤にしか会ってはいない。
僕がここにいることを、あの二人以外に知る者はいない筈だ。
なのに何故‥‥
僕は知らず知らずのうちに身を固くした。
でもそれは怯えや不安からじゃない。
それとは別の‥何か分からない感情が僕の中に沸き起こって、僕は目の前のその人から目が離せなくなっていた。
「‥きみ‥‥誰‥?」
戸惑っているんだ‥
こんな場所に人がいるなんて、きっと想像もしていなかっただろうから‥
それは僕も同じ‥
突然の訪問客に、羽織を押さえた指先が震える。
どうしよう‥
何か話さなきゃ‥‥
焦れる気持ちが、涙となって僕の頬を滑り落ちる。
その時、不意に僕の足元で、鎖がじゃらりと嫌な音を響かせた。
目の前の少年は咄嗟に音のした方に視線を向けると、今度は手にしていた灯りをそっと床に置いた。
そしてにじるように僕の足元へと移動すると、氷のように冷たい鎖を指で掬い、手繰りながら僕の足首へと手を触れた。
瞬間、弾かれたように顔を上げた少年は、
「なんで‥鎖なんかで‥‥」
まるで信じられないと言った表情(かお)をして、そのまま動かなくなってしまった。