愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第6章 籠鳥恋雲
自分の部屋と同じ造作の重い木の扉の前に立つと、誰も居ないのは分かっていても、つい辺りを見回してしまう。
これじゃまるで、本当に悪いことをしてるみたいだな‥
尤も‥留守中の他人の部屋に忍び込むのは良くないことなんだけれども。
おれは真鍮製の引手に手を掛けると、冷たい手触りのそれをゆっくりと回して、音が鳴らないようにそっと押した。
主人の居ない部屋は暗く物音ひとつしない。
おれの部屋と造りの似ているものの、後継ぎである兄さんが使う部屋だということで間取りも広く取ってある。
壁際の暖炉の中では奥の方で、残火が仄かに色付いていた。
それとは反対側にある大きな書棚の奥‥普段は兄さんが一人で本を読んだりしている場所は、一人掛けの大きめの椅子なんかがあるだけで、おれでも滅多に足を踏み入れることは無い。
疚しいことをしている自覚のあるおれは、身を屈めながらその場所に入ると、ぐるっと壁沿いに目を凝らしながら、怪しげなものが無いか確かめていく。
するとそれまで豪奢な飾り布で装飾されていたはずの壁のそれが外されていて、見たこともない飾り縁の大きな鏡が設えてあった。
そしてその裏側には、その存在すら知らなかった簡素な木の扉がちらりと見える。
あんなところに扉があったなんて‥‥。
長くひとつ屋根の下で一緒に生活していたというのに、存在すら知らなかった扉があったことに驚き、ひょっとしたらあの不審な物音と関係あるんじゃないかって‥確信めいたものが芽生えてしまった。
おれは恐る恐るその扉に近づいて引手を回そうとしてみたけれど、鍵が掛けてあるらしく固く動かない。
どうしよう‥‥
目の前に秘密の扉があるっていうのに、その中に入ることができない。
あの兄さんが鍵を掛けるほどの扉。
‥‥なかを見てみたい!
おれは子供みたいな悪戯心を刺激されて、部屋の中にある引き出しを一つずつ開けて鍵を探す。
「どこだろう‥。兄さんが大切なものを仕舞っておくところ‥あっ!きっと、あそこだ‥」
少し前に仕事から帰った兄さんを訪ねて部屋に入ろうとした時、触れていた引き出しのことを思い出して、書斎机の上にある小物入れのつまみを引くと‥
あっ!あった!
空っぽの箱の中に、古ぼけた鍵が一本だけ入っていた。