愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第2章 暗送秋波
夕食の時刻を過ぎても、雅紀さんが帰ってくることはなかった。
尤も、仮に帰宅していたとしたって、僕にそれを知らされることなんてないんだけれど・・
僕は深い溜息を一つ落として、開け放ったままの窓から、薄らと霞のかかった月を見上げた。
そう言えば…
あの手紙は、ちゃんと和也の元に届いたのだろうか?
一人の夜は嫌いだ・・
早く・・早く・・・・
焦れる僕の心を宥めるように、外し忘れた風鈴が、夜の帳を割くようにチリンと音を響かせた。
その時、窓辺に面した庭先で、草を噛む音がして・・
僕は咄嗟に窓から身を乗り出すと、闇の中に目を凝らした。
「和也・・? そこにいるのは和也なの?」
「はい。俺です、和也です。貴方からの手紙を受け取って・・」
良かった・・
あの手紙は和也の元に届いていたんた。
安堵した途端に抜けていく全身の力に、僕はその場にへたり込むと、一つ大きく息を吐き出した。
「それより“あの人”は・・」
「雅紀さんなら今夜は友人の晩餐に招待されていて、まだ戻らないよ。だから・・だから、どうか顔を見せてくれないか? こんなに暗くちゃ何も見えないよ・・」
お願いだ・・もっと僕の傍に・・・・
僕の願いを聞き入れるように、一つ、また一つと和也の足が草を噛み鳴らす。
そして、
「智さん・・・・」
窓の下から伸された白い手。
「ああ、和也・・・・」
僕はその手を両手で包み込むと、愛おしむように・・伝わる体温を確かめるように、頬に何度も擦り付けた。
「会いたかった・・。お前に会えない時間がどれ程長く感じたことか・・」
「俺もです。ずっと貴方の事が気掛かりで・・」
「僕もだよ・・僕も・・・・」
窓から身を乗り出した僕の頬を、和也の伸ばした手がスルリと撫でる。
そして僕の首筋へと降りて行き、そこでピタリと止まった。
「これ・・は? まさか智さんあの人と・・?」
「えっ・・・・?」
僕は咄嗟に手を首筋に宛てた。
その瞬間、僕の脳裏を、昼間のあの人との記憶が過ぎった。
「和也、違っ・・、これは・・・・」
僕を見上げる和也の目がとても悲しそうで、僕はその先の言葉を失った。