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愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】

第2章 暗送秋波


智side


「すまないね・・そう遅くはなるまい。・・・・いい子にして待っているのだよ?」


優しい笑顔と、一つの口付けを僕に残して、雅紀さんが部屋を出て行く。


僕はそれを背中で感じながら、そっと文机の引き出しを開けた。


そして書きかけの便箋を取り出すと、再びペン先を走らせた。


この機を逃したら、次は何時になるか・・


急く心は、綴る文字を乱した。


それでも何とか和也に宛てた手紙を書き終え、使い古しの封筒に入れると、それを懐に忍ばせた。


襖と襖の間に隙間を作り、そこから顔だけを出して周囲の様子を窺う。


周りに人の気配はない。


僕は身体を滑らせるように部屋を出ると、素足に草履を履いて、手入れの行き届いた庭先に降りた。


そして、やはり辺りを窺いながら、小走りで勝手口へと駆けた。


都合の良いことに、離れから勝手口までは鬱蒼と樹木が生い茂っていて、駆ける僕の姿を隠してくれる。


僅かな音も立てないように閂(かんぬき)を外し、背丈程の小さな扉を開ける。


すると、この小さな扉が開かれるのを待っていたかのように、小さな人影がこちらに向かって歩み寄って来た。


僕は懐から封筒を取り出すと、その人影に向かって差し出した。


「これを・・この手紙を、この名前の人に届けてくれないか?」


「いいぜ、届けてやっても。但し・・」


綻びと、継ぎ接ぎだらけの、丈の合わない着物を身に付けた少年は、双眸の奥をギラリと光らせ、僕の前に煤と垢で塗れた手を差し出した。


目的は分かっている、金だ。


僕は袂から小さな信玄袋を取り出すと、そこから1厘銅貨を二つ出し、少年の手に握らせた。


「これで頼む」


「へへ、毎度あり。流石良いとこのお坊ちゃんは気前が良くていいや」


少年は銅貨を手の中でチリンと転がすと、僕の手から封筒を引き取り、跳ねるように駆けて行った。


良いところのお坊ちゃん・・だって?
僕が・・?


僕だってあの少年と変わりゃしないのに・・

ただ雨風を凌げて、食べるのに困らないだけで、僕だって・・


この大きなお屋敷の中に、僕の居場所なんてないのに・・


自由に羽ばたくことも出来ないのに・・
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