愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第6章 籠鳥恋雲
和也side
咄嗟に口を吐いて出た嘘だとはいえ、この本を翔坊ちゃんに見せたことを酷く後悔した。
この本が‥雅紀さんが貸してくれた本が、そんなに高価で、珍しい物だなんて、俺は知らなかったんだ。
俺はなんて馬鹿なことをしたんだろう‥
きっと坊ちゃんは、俺がこの本をどこかから盗んできたと思うに違いない。
そうなったらもうこの屋敷にはいられなくなる。
まだ智さんを見つけ出せていないのに‥
それに俺は、この人には嫌われたくない。
でもどうしたら‥‥
そう思ったら目頭が急に熱くなってくる。
そんな俺の胸の内を察したのか、坊ちゃんの手がそっと俺の背中に添えられた。
「どなたかに借りもの?」
その問いかけに、俺は小さく頷いて返し、胸に抱いた本を、更に強く握り締めた。
「そんなに大事なものなの‥?」
とても‥
この本だけが、今の俺に唯一残されたあの人との幸せな記憶だから‥
翔坊ちゃんはそれ以上その本について詮索することはなく‥
「その本、面白そうだね。おれも見ていい?」
そう言って、すっかり冷めてしまった湯吞に手を伸ばした。
俺はその隙に手の甲で目尻に溜まった涙を拭うと、本を抱きしめた腕を少しだけ緩めた。
「ね、早く見せて?」
空になった湯吞を茶托に戻し、翔坊ちゃんが声を弾ませる。
俺はテーブルの上に本を丁寧に置くと、そっと表紙を捲った。
あの人が俺にそうしてくれたように‥‥
「うわぁ、やっぱり思った通りだ。この本、とても面白いよ」
頁を開くごとに、翔坊ちゃんの目が輝きを増していく。
でも分からない言葉や、読めない文字が出くわすと、その顔は途端に険しくなって、その度に首を傾げては小さく唸り声を上げた。
「おれですら読めない文字があるのに、和也は良くこの本が読めたね?」
「そ、それはその‥‥」
雅紀さんに読んで聞かせて貰った、なんてとても言えない。
俺は眉尻を少し下げると、
「実は私も読めない文字が多すぎて、難儀していた最中で‥」
自嘲気味に笑って見せた。