愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第6章 籠鳥恋雲
翔side
急いで部屋に戻ったおれは、和也が持ってくるって言ってくれた本を見るのが楽しみで、重たい鞄を机の脇に置くと、堅苦しい詰襟の釦を外して‥
「‥‥ん?」
おれは微かに物音のした辺りを振り返る。
空耳かな‥‥
ついでに、ぐるりと部屋の中を見回してみたけれど、それらしい物音がするようなものは見当たらない。
最近、たまに聞き慣れない物音がすることがある。
それは昼間だったり、夜だったり‥
尤も夜はぐっすりと眠ってしまう性(たち)だから、気がつくことはないんだけれど。
「鼠かな‥あ、着替えなくちゃ‥」
釦を外しかけ止まっていた手を再び動かすと、箪笥の引き出しの中から適当な服を選んで、着替えを済ませた。
楽しみだな‥。
和也が本を読むのが好きだなんて知らなかった。
夕食までの間、退屈しないで済みそう。
歳の離れた兄さんしか構ってくれる相手のいなかったおれは、思わぬ遊び相手が見つかったことが嬉しかった。
こんこん‥
「いいよ!入って!」
部屋の扉が鳴ると、心待ちにしていたおれは、弾んだ声で返事をした。
「失礼します。お茶を持って参りました。」
重い木の扉を開けにくそうにして、本を小脇に抱えた和也が、相変わらず重そうな盆を片手に部屋に入ってくる。
「丁度よかった。さ、早く。」
「そんなに急かさないで下さい‥また粗相してしまいそうです。」
「ははは、それは困るな。大人しく待ってるから急いでね。」
長椅子で身を乗り出して待っているおれを見た和也は、少し笑って盆を置くと、ようやく慣れてきた手つきで温かいお茶を淹れてくれた。
「ありがとう。和也もここに座って?」
本を手に、長椅子の脇に膝を付きかけた和也の袖を軽く引っ張る。
「いけません、いくらなんでも、使用人の私が坊っちゃまの隣に座るなんてできません。」
おれの我が儘に困ったような表情(かお)をした和也は、袖を握ったおれの手をやんわりと解こうとした。
恐らく澤が厳しく躾けているんだろう。
「大丈夫だよ。内緒にしてればわからないって。」
「でも‥」
「いいの。おれがそうして欲しいって言ってるんだから。」
今度は袖だけじゃなくて腕ごと引っ張ると、流石に観念したように立ち上がった和也は、そおっとおれの隣に腰掛けた。