愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第6章 籠鳥恋雲
「和也、和也はいないの?」
窓の外が茜色に染まってきた頃、部屋の外で俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
翔ぼっちゃんが学校からお戻りになったんだ‥
俺はすっかり根が生えてしまった腰を上げると、皺になってしまった裾を一叩きしてから、使用人部屋を飛び出した。
「坊ちゃん‥、翔坊ちゃん、お呼びですか?」
「あ、そこにいたんだね? どこを探しても姿が見当たらないから、もしかしてお前まで倒れてしまったんじゃないかと、心配したんだよ?」
この人はなんて優しいんだ‥
あの気取った人とは大違いだ。
「それは大変申し訳ございません。でもご心配には及びません。私はこの通り、元気だけが取柄ですから」
俺は大袈裟に自分の胸を叩いて見せると、翔坊ちゃんがころころと、まるで子犬が庭を駆けまわるように笑った。
やっぱり似ている。
容姿は全くと言っていい程似ていないのに、どこか智さんに似ている。
智さんも良くこうして笑っていた。
小鳥が囀るように‥‥
「それよりおれが帰ったのを気付かないなんて、何をしていていたの?」
「そ、それは‥‥」
たった一度‥
口付けを交わしたあの人を思って泣いていた‥、なんてとても言えない。
思いあぐねた俺は、
「ほ、本を読んでいたんです。今日潤坊ちゃんのお使いで街に出た時に見つけて‥。頂いたお給金で‥」
俺も大したもんだ‥
こんなありもしない嘘を、顔色一つ変えることなく言えるんだから‥
「へえ、和也は文字が読めるの?学校に行ったことはないんでしょう?」
「ええ、まあ‥少しなら‥」
智さんのご両親がまだ生きてらした頃、智さんに文字を教える序にと、教えて貰ったから‥
「ねぇ、どんな本なの?あ、そうだ。おれの部屋で一緒に見ない?うん、そうしよう」
思いもしなかった翔坊ちゃんの提案に、一瞬動揺する。
だって本なんて‥
そうだ、雅紀さんから借りた、あの本を‥
俺の嘘に、あの人を利用するのは気が引けるけど‥
でも仕方ない。
「では、先にお部屋で待っていて下さい。私はお茶を用意して参りますので」
「うん、分かった。あ、なるべく早くね?」
翔坊ちゃんは、どんぐりのような目を輝かせて走って行った。