愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第6章 籠鳥恋雲
雅紀side
苦しかった‥‥。
決別した想いのはずなのに、智の肌に触れていた藍天鵞絨の背広を膝の上に抱いてしまうと、あの子の美しい指先までもがそこにあるような錯覚に陥った。
この背広に初めて袖を通した時の、はにかんだような笑顔‥
細い指先で袖を撫でながら、『温かで気持ちがいい‥』と目を細め、私を見上げていたあの眼差しを思い出してしまった。
封じ込めていたあの子への深い想いが、切なさの色を濃くし、胸の奥底からじわりと込み上げてくる。
あの日、智が藍天鵞絨の背中を私に向けてから季節も進み、ようやく喪失の苦しみから逃れつつあったというのに‥。
何故‥今頃になって‥‥
もう二度と私に会うことはないと、
そう伝えたかったのだろうか‥?
自分に寄せる想いなど要らぬと‥‥
未練がましい想いを残すことさえ‥不快だと‥
私が、自分を慰める術を失い、自分自身すら見失いかけたその時、
「惨めなんかじゃない‥。雅紀さんは情けなくなんかない‥。」
震える声がそれを連れ戻した。
別後、一度も呼ばれることのなかった呼び名は、一瞬相手の分別もつかなくなるほどの錯覚を起こさせ、離れていこうとする温もりを思わず抱き寄せてしまった。
「ああ‥智、何故君は私の元を去ったのだ‥あんなにも愛していたというのに。教えてくれまいか‥?何が足りなかったのか、何処がいけなかったのか。でなければ私の心は、君から解き放たれることはない‥」
智‥‥
私は‥もう、心安らかになりたいのだ‥
「雅紀さんは‥何も悪くないんです。‥ただ優しすぎただけ」
温もりが背中に回り、胸の中から鈴を転がすような優しい声がする。
「それでも君は私を愛さなかった‥。」
「そんなことは‥私は雅紀さんを‥‥」
愛していたというのか‥智‥。
どれだけ私を翻弄するつもりなのだ‥。
その赤く濡れた唇は、真実を語ることはあるまい。
私は偽りの愛を語ろうとする唇に自分のを重ねて、その言葉を奪った。
自分の唇に触れた冷たいそれは、ただ静かに‥私を受け入れてくれた。