愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第6章 籠鳥恋雲
和也side
「済まないが、今日はもう帰ってくれないか‥」
元々熱のあった身体には衝撃が大き過ぎたのか、床に伏せてしまった雅紀さんが、俺に背を向けたまま、掠れた声で呟く。
「でも‥、お加減も良くないようですし‥」
布団の上に力なく投げ出された手を握る。
さっきまであんなに温かだった手は‥もうすっかり冷えている。
「あまり遅くなると君が叱られてしまう‥」
「私のことなら心配は‥」
「いいから帰りなさい‥。これ以上、君に情けない姿を見られたくはないんだよ‥」
布団の中で丸めた背中が、小さく震えている。
それは、親友だと信じて疑わなかった友の、あまりにも残酷な仕打ちな対しての怒りなのか、それとも智さんを手放してしまった自分自身への憤りなのか‥
「だ、旦那様は情けなくなんかありません。旦那様は‥」
俺はその背中にそっと手を伸ばした。
でもとうとう触れることは叶わなかった。
あんなに大きくて広いと思っていた背中が‥‥今はこんなにも小さく見えて‥
「旦那様はとても素晴らしい方です。私は旦那様を‥」
慕っている‥
そう言ってしまえたら、どんなに楽なんだろう‥
でも言えない‥言っちゃいけないんだ。
「二宮君、君は私を買い被り過ぎているよ。私は君が思う程立派でもないし、寧ろとても情けない人間なのだよ」
そっと寝床を抜け出そうとした俺の背中にかかる、苦しげな声に、俺はその動きを止めた。
「もう忘れたつもりだったんだ‥、あの子のことは‥。それなのにこの座間だ‥。私はね、手放してしまった小鳥をいつまでも未練たらしく思い続けるような‥惨めな男なのだよ‥」
雅紀さんの心の中に、まだ智さんがいることは分かっていた。
俺に智さんの面影を映して見ていることも。
それでも俺は‥
「惨めなんかじゃない‥。雅紀さんは情けなくなんかない‥。少なくとも俺にとっては‥」
“雅紀さん”だなんて‥
言ってしまってから、急に顔が熱くなるのを感じて‥
俺は思わず口元を手で覆った。
「さ、差し出たことを‥。私はこれで‥」
帰ろう‥、これ以上心の内を晒してしまう前に‥
なのに、大きな手が俺を引き止めた。