愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第6章 籠鳥恋雲
潤side
しんと静まり返った真夜中の暗い部屋に、鎖が板敷を這うじゃらりという音が微かに鳴る。
浅い眠りの淵にいた俺は、悲しげな呻きのようなそれに薄目を開けた。
仄白い漆喰塗の天井の一角に目をやる。
暖炉の壁伝いの階上‥温もりの残るその一角に眠る大野智が、大方寝返りでも打ったのだろう。
僅かにした音は直に止み、月明りの薄い部屋は、暗闇のような静けさに包まれる。
氷のように冷えた鎖を細い足首に絡ませ‥あの男は何を思い眠りに就いたのだろうか‥、
時折鳴る哀れな鎖の音は、まるで俺を呼ぶかのようでもあり、自分はここに居るんだと主張しているようにも聞こえた。
囚われの妖しく美しい獣‥‥
あの男は俺を愛すると‥言った。
それはつまり、あの美しく淫らな身体も、妖しげな薄絹で覆い隠されている心も、全て俺の物になるということ。
‥‥まずは慾に疼く身体を奪ってみるか。
飼い馴らしてみるのも面白いかもしれない。
あの男の欲しがる物など俺にとっては何の価値も無いのだから、くれてやるのは容易いこと。
今まで散々、嬲られてきたんだ。
淫欲を満たしてさえやれば、喜んで‥受け入れるだろう。
奪取されているだけとも知らず己の示す愛が通じたと歓喜し、俺からは肝心な物を奪えずに‥‥
破滅するんだ。
「くくくっ‥お前は、本当に愚かな男だ‥‥」
俺を謀ろうなど‥子供の浅知恵で考えるからだ。
だが‥少なくともあの男は、俺を‥‥
俺を‥‥‥?
‥‥‥そんな‥
そんな筈は‥無い‥
そんなこと、ある‥訳が無い‥‥
頭に浮かんだ恐ろしい結論に、全身から血の気が引いていく。
俺は布団を跳ね飛ばして起き上がると、部屋の奥にある大きな洋箪笥を睨み付ける。
夜中の冷え切った空気が身を包み、体の温もりが奪われていくのも構わず、つかつかとその前まで行くと、真鍮の取っ手を勢いよく引いた。
そして観音開きに開け放した中‥一番隅に掛けてある背広を引き摺り出す。
柔らかく手触りのいいそれは、あの男の白い肌によく似合っていた。
震える手で握り締めた布から、雅紀の込めた想いが伝わってくる。
‥俺が?
そんなことがあっていい筈は無い‥‥!
あの日、大野智が慾で汚(け)がした藍天鵞絨のそれを、思いきり床に投げつけた。