愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第5章 一栄一辱
‥‥仕方ない。
「悪いがここへ通してくれないか‥。直に用向きを聞きたいのでな。」
恐らく使いに出されたのは澤さんだろう。
松本から託された品を持ってくるに相応しい使用人といえば、年老いたあの者しか思い浮かばなかった。
だとすればいくら何でも伏せたままでいる訳にもいかず、身体を起こし背凭れると、ぞくりと震える肩に羽織を掛けた。
ところが、しばらくして使用人に連れてこられたのは‥二宮君だった。
「おはようございます。潤様の使いで参りました。」
外の冷たい空気の所為か、白磁のような頬に鼻の先を少し赤くした彼が、はにかむような笑顔で立っていた。
其の者と少し言葉を交わし静かに扉を閉めると、風呂敷に包んだ物を置き、草履を引き摺るようにしてベッドの脇まで来て、そこに膝をつく。
その肩には、羽織らせてやった翠緑の羽織が掛かっている。
「お加減が良くないと聞いたのですが‥」
てっきり澤さんが来ているのだとばかり思っていた私は、あまりに唐突に二宮君が現れたことで、咄嗟に言葉を見つけられずにいた。
「‥どうして‥君が?」
何とも間の抜けた通り一遍の言葉しか出てこない。
すると
「いつも伺っている澤の具合が悪く、私が代わりに。それより旦那様は大丈夫なんですか‥?」
と気遣わしげに小首を傾げた。
ああ‥何ということだ。
「見ての通りだよ。丈夫が取り柄の私がこの様なのだ。そんなことより二宮君は寒さにやられてはいなかったかい?寒かったろうに。」
私は思わず布団の端に添えられた指先を取ると、温もっている自分の掌で包んだ。
その指先は氷のように冷たい。
「あっ‥!」
すると驚いたように短い声を上げた二宮君が、慌てて手を引こうとする。
それでも私は悴んだ小さな手を離さずに、自分の方へと引き戻した。
「こんなに冷たい手をして‥風邪でもひいたらどうする。」
掌から伝わってくる冷たさに、自分の背筋に震えが走るのも気にならないくらい‥その手を温めてやりたいと思った。
なのに二宮君は
「私は大丈夫ですから‥お手をお離し下さい。こんな冷たい手を触るとお身体に良くありませんから‥。」
と困り果てたような表情(かお)で私を見上げる。
その瞳は寒さの所為か潤んでいて‥彼のことを、何とも可愛らしくみせていた。