愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第5章 一栄一辱
雅紀side
窓を揺らす風が棘を含み、忍び込んでくる冴えた空気に、ぞくりと肌が粟立つ。
そろそろ起きねばならない刻限だというのに、鉛を抱えているかのように身体中が重い。
もしかすると風邪をひき込んでしまったのかもしれない‥。
油断をすると落ちてしまいそうになる瞼を上げ、虚ろに天井を眺めていると、控えめに扉を叩く音がする。
「‥入りなさい。」
少し掠れた声で答えると、ゆっくりとそれが開き使用人が頭を下げる。
「雅紀様、朝の支度が整いましたが‥どうかされましたか?」
顔を上げた其の者が、未だ着替えもしていない私を見ると、それを訝しみ傍まで来る。
「具合があまり良くないようだ‥。今日は外出は控える。」
私が所用には出向かないと告げると、其の者は「畏まりました。」とそれを受け、
「それではお食事も、こちらにお持ち致します。」
と言い残し、部屋を出ていった。
‥仕方ない、今日は大人しくせねば。
観念して寝返りを打つと、枕の下に置いていたハンカチが目に入る。
二宮君はどうしているだろうか‥
今朝も刺すように冷たい水に、小さな手を浸し奉公しているのだろうか。
私は夢とも現(うつつ)ともつかない中、白い手の先を赤くして励む小柄な姿を思い浮かべていた。
ここに泊めてしまった翌朝、元気に駆けていった後ろ姿を見てから、ずいぶんと日が経っているような気がする。
そろそろ顔を見せにきてはくれないものかと思う内に、知らぬ間に瞼を閉じていた。
どれくらい眠っていたのか、遠慮がちに木の扉を叩く音で目を覚まし、ぼんやりとそちらに顔を向けた。
先刻より、少しは軽くなった身体を僅かに起こす。
「‥起きているよ‥入りなさい。」
扉の外にいる者に届くように告げたが、やはり少し喉が痛んだ。
「失礼いたします。‥お加減はいかがでしょうか?」
「朝よりは少しいいようだ‥。」
まだ立ち歩くには辛いが、身体を起こすくらいなら、どうにかなりそうだった。
私が気怠げに起き上がるのをみた使用人は逡巡すると、少し頭を下げて
「実は今、松本様のお屋敷から使いの者が来ておりまして‥潤様から雅紀様へのお品をと。如何いたしましょう?」
と尋ねる。
松本が私に‥‥今更、何を‥?
‥分からないな。
あの男のすることは、時に解せないことが多い。