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愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】

第5章 一栄一辱


智side


灯り取りの窓から見える空が茜色に染まってきた頃、木の扉を叩く音がして‥


壁際に膝を抱えて座っていた僕は、一瞬身構える。

あの男が来たんだ‥

僕を甚振るだけ甚振って、去っていくあの男が‥


僕はごくりと息を呑むと、そっと瞼を閉じ、ざわつき始めた胸の鼓動を落ち着けるため、深く息を吸いこんだ。


でも薄い扉を開いて入って来たのは、細い腕に大きな盥(たらい)を抱えた澤で‥

「それ‥は‥?」

「言ったろ?湯浴みの準備さ」

皺だらけの顔を綻ばせ、


「ちょっと待っておいで?」

そう言うと、再び木の扉を開き部屋を出て行った。


言われた通りに待っていると、今度はやかんを手に戻ってきて、盥に熱い湯を注いだ。

それを何度も何度も繰り返し、盥が湯で満たされた頃には、その足取りは覚束ないものになっていた。


弱った足腰で階段を何度も昇り降りするのだから、無理もない。

それによくよくみると、いつもに比べると顔色も悪いし‥


「どこか悪いの?」


僕が聞くと、澤はゆるく首を振って、


「大したことはないよ。さ、早く湯にお浸かり」


湯の温度を確かめるように、盥の中に手を入れた。


「さ、早くしないと湯が冷めちまうよ?」

「ありが‥とう‥」

僕は抱えた膝を解き、緩く締められた帯を解いてから、着物を肩から落とし、湯気の立つ盥に腰を沈めた。


「どうだい?気持ちいいだろ?」

用意してあった手桶で湯を汲み、僕の背中に流しかけた。


「うん、とっても‥。あ、僕自分で出来るから、少し休んでて?」

「そう‥かい?じゃあ、少しだけ‥」


そう言って壁に背を凭せ掛けた澤の顔には、玉のような汗が浮かんでいる。

「具合‥悪いの‥?」

「おや、私を気遣ってくれるのかい?お前は優しい子だねえ」


僕が‥優しい‥?

そんなわけない。

「僕は優しくなんかないよ‥」


ただ、僕のために‥

愚かな僕のためにこの年寄りに苦労をかけていると思うと、ほんの少し心苦しさを感じているだけだから‥
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