愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第5章 一栄一辱
和也said
これ程人を怖い、と思ったことは初めてだった。
高圧的な口調で窘められたからじゃない。
この屋敷の使用人になった時から、散々罵声を浴びせられて来たんだ、少々のことでは動じやしない。
では何が…
そうだ‥、あの目だ。
まるで闇しか映さないような、あの目。
何の感情も宿さないあの目に見下ろされると、背筋が凍りついて、指先一つ動かすことが出来なくなってしまう。
同じ貴族でも、あの人とは大違いだ。
あの人はもっと紳士で、それでいてとても温かい人だった。
それに比べてあの男は‥
あんな男の手の中に自ら飛び込み、この屋敷のどこかに閉じ込められた上、酷い仕打ちを受けているであろう智さんのことを思うと、胸が締め付けられる。
早く見つけ出さないと‥
でもどうしたら‥‥
「ここはいいから、澤のところに行って兄さんの伝言を伝えてくれるかな?でも‥あまり無理しないようにって」
すっかり縮み上がってしまった肩を叩かれ、背中をそっと押されると、俺は漸く意識を取り戻したかのように、顔を上げた。
「は‥はい‥失礼‥いたしました‥」
それだけを言うのがやっとだった。
俺は竦んでしまった足を踏み出し、ふらつきながら部屋を出て、その足で澤さんの部屋へと向かった。
そう言えば熱があるとか言ってたな‥
翔坊ちゃんの言葉を思い出して、途中厨房に立ち寄って、桶に氷水を貰った。
熱がある時は‥そうだ、冷やすとい良いって、聞いたことがあったから。
氷水の入った桶と、使い古しの手拭いを手に、澤さんの部屋の扉を叩く。
でも中からの返事はなくて‥
もしかしたら倒れてるのかも‥
一瞬過ぎった嫌な予感に、俺はいけないと思いつつも、部屋の扉をゆっくり開けた。
「失礼‥します‥‥」
もし寝ていたら‥とも考えたが、一応声を掛けてから部屋の中へと足を踏み入れた。
でもそこに澤さんの姿はなくて‥
「調子悪いって聞いたのに‥どこ行ったんだろ‥」
俺は内心訝しみながらも、桶と手拭いをちゃぶ台に置くと、澤さんの部屋を出た。