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愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】

第5章 一栄一辱



日が暮れる前にと、囚われ者の身体を拭いてやっていたようだったのに。


「それは初耳だが‥どんな具合なのだ?」


あれが忠実な女だから、大野智の世話をさせているのだ。

その存在は他の使用人にも‥勿論身内にも伏せている。

だが、その女が使えないとなると‥


俺が思案しているのを、どうやら心配しているのだと勘違いした心優しい弟は、

「どうも風邪を引いてるみたいですよ?少し体が熱かったから。」

と大野智の世話をする人間の容態を、心配げに話す。


するとそれを聞いていた和也が、上目遣いで俺と翔を見比べ、

「あ、あの、潤坊っちゃまのお手伝いは、如何いたしましょうか‥?もし宜しければ、私が‥」

おずおずと口を挟んできた。


‥‥‥。


俺は出過ぎたことを言いかけた和也のことを、きつく視線で制する。


そして

「悪いがお前には役不足だ。落ち着いたら、澤を俺の部屋に寄越すんだ。」

強い口調で言い付けた。


歳若く、素性のわからない者に任せるなど以ての外。


和也は俺の強い言葉に震え上がったように頭を下げたが、心優しい弟は視線を彷徨わせ‥

「幾ら何でも‥今晩はゆっくりと休ませてあげても‥」

病で伏せている澤のことを気遣った。


だか、

「翔。お前が口を出すことではない。‥分かったな、和也。」

そんな二人をぴしりと黙らせると、踵を返して食堂への階段を降りる。


力仕事も出来ない年老いた女にやれることなど、たかが知れている。

せいぜい、屋根裏部屋に囚われている男に、食事を運ぶことぐらいしかできまい。

それすら出来ないとは‥‥


「俺にまで使い捨てられたくなかったら、這ってでも来るしかあるまい。」



お前も所詮、慾に取り憑かれて、身を滅ぼしていく人間のひとりなんだろう‥?


愛するということの意味の分からない憐れな者と、

それに取り縋り朽ち果ててゆく、愚かな者。

お誂え向きな二人じゃないか‥


俺が赦すというまで‥

お前たちに安息など訪れない。


開け放たれた食堂に入り、竜胆(りんどう)のように鮮やかな紫色の天鵞絨(びろーど)張りの椅子に着くと、少し遅れた弟も、その向かいの席に座った。

その後ろに和也の姿は無かった。
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