愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第5章 一栄一辱
潤side
昼間会っていた学友の一人が、政府の仕事で欧州を視察に行っていたらしく、異国の地で目にしてきた物の壮大さに熱弁を揮(ふる)っていた。
その男が翔への土産だと俺に託した物を手に、その扉を叩く。
すると、徐に開いた扉から顔を出した翔の後ろに、大して歳の変わらない、見慣れない青年が立っているのが目に入った。
その青年は俺と目が合うと、びくりと身体を震わせる。
‥確か、ここの使用人のはずだが‥
俺たちの部屋にまで入ってくることのできる人間は限られている筈。
「翔、少しいいか?生田が欧州視察に行ってたらしく、お前に土産を渡してくれと頼まれたんだが。」
と手にしていた褐色の木箱を差し出す。
「ああ‥生田さん、ずいぶんお会いしてないけど、欧州に行ってらしたんだ。で、これをおれに?」
小さい頃、よく遊んでもらっていた生田の顔を思い浮かべ、嬉しそうな表情を浮かべた弟は、差し出された木箱に視線を落とした。
「大した物じゃないと言っていたが、懐中時計だそうだ。あって困るものでもなかろう。」
そう言って軽いそれを弟の手の上に乗せる。
でも俺は懐中時計と聞いて目を輝かせている翔の後ろで、身を縮めて所在無さげにしている使用人と思しき青年の存在が気になり‥
「てっきり一人かと思っていたが‥」
ちらりと奥に視線を流す。
するとその小柄な青年は、はっとしたように顔を上げたかと思うと、呆れるほど深々と頭を下げた。
‥やっぱり使用人か。
俺に言われて後ろを振り返った翔は、それを見ると少し眉を下げて、やれやれといった顔で
「彼ね、澤の代わりにおれの世話を頼むことにした和也だよ。兄さんも顔くらいは覚えているでしょう?」
と少し和也の体を前に押し出した。
言われてみれば、庭を掃いている姿を見かけたような気もするが‥
それが何故、ここにいる?
「‥でも何故、澤の代わりなんだ?」
下働きの者が主人の部屋に入り込むなど、許されよう筈が無い。
「あれ‥兄さん、澤が倒れたこと‥聞いてないの?」
‥澤が?
それならさっきまで、あの男の世話をしていたではないか。