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愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】

第5章 一栄一辱


和也said


その時間、台所は夕食の準備に忙しくて‥

定時に間に合わせようと飛び交う怒号の中、俺は次々と洗い桶に投げ込まれる調理器具を洗うのに追われていた。

だから、玄関先で起きた騒動のことなんて、全く知りもしなかった。


尤も、使用人の中でも下っ端の俺には、“表”で何が起ころうと関係のないこと‥

そう思っていたのに‥


「澤さんが倒れた」


そのたった一言が、その場にいる者全員の手を止めた。


「大したことはなさそうだが、何分歳が歳だからな‥」


そりゃそうだ。

あの歳で、坊ちゃん方の世話やら、屋敷の雑事までこなしてんだから、倒れるのだって無理もない。

澤さんに比べたら、うんと年若い俺ですら、一日が終わる頃には、疲労感に満ちた身体が軋むのに‥


「しかし、澤さんが倒れたとなると、坊ちゃん方の世話はどうすんだい?」


普段は仏頂面の料理長が、思いがけない自体に、憂慮の色をその顔に浮かべた。

澤さんとは長い付き合いだと聞くから、心配するのは当然だ。


「ああ、それなら心配ないよ。翔坊ちゃんが和也をご指名でね」


へえ‥、俺を‥ね‥‥

「えっ、お、俺‥ですか?」


鍋を洗う手を止め、前掛けで濡れた手を拭くと、首をふるふると横に振った。

「ああ、お前なら翔坊ちゃんと歳も近いしな」

「で、でも俺なんかが坊ちゃんの世話なんて、恐れ多い‥」


いや、でも待てよ?

上手くすれば、智さんの居場所を探ることが出来るかもしれない。

この機を逃す手はないか‥


「あ、あの‥俺で良ければ‥‥」


俺は突然降って湧いたような話を受けることにした。

尤も、俺みたいな下働きに、断る権利なんて与えられてはいないのだけれど‥



あれよあれよと言う間に、真新しい着物に着替えをさせられ、俺の手には急須と湯呑茶碗の乗った盆が握らされた。


不慣れなことに緊張しながらも、扉を叩きそっと開いた。


すると、中から、

「いいよ‥入って」

と、声がかかり、俺は重い扉を身体で押すようにして部屋の中へと入った。


「え‥と、坊っちゃま、お茶をお持ちしました」


たったそれだけ言うのに、顔が熱くなるのは、智さんのためと思いつつも、慣れないことをさせられているから‥なのだろうか‥
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