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愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】

第5章 一栄一辱


翔side


級友たちとの雑談に花が咲き、すっかり帰宅が遅くなったおれの馬車の音を聞き付けた澤が、慌てたように二階から降りてきた。


「そんなに急がなくてもいいのに‥ただいま、澤。」


赤い絨毯の上を途中で転びそうになりながら、早足で来ようとした使用人に鞄を渡して、外套を脱ぎかけた時だった。


顔色の悪そうだった澤が鞄を落とし、ふらりと体を揺らしかけて‥

「あ‥澤!」

崩れかけそうになった小さな体を、慌てて支えた。


重い鞄の中身は大理石の床に散らばり、その音を聞き付けた他の使用人たちが、奥から走り出てくる。


「坊っちゃま‥お怪我はごさいませんか?」

「ああ‥おれは大丈夫。そんなことより、澤が‥」


小さくて折れそうな体は燃えるように熱くて‥深く皺の刻まれた額には、薄っすらと汗が滲んでいた。


「ちょっと休ませてあげて‥おれの世話はもういいから。」

「そ‥そんなわけには‥」


おれは弱った体を体格のいい使用人に預けると、散らばった本を拾い集める。


「じゃあ、和也を部屋に呼んで?歳をとった澤に、おれと兄さんの世話を頼むのは無理だ。これからは和也に世話をしてもらうよ。」


そうだ‥もう澤には無理はさせられない。

それに和也なら歳も近いし機転が利くから、話し相手にもなってくれそうだし。


「でも‥和也ではお世話が行き届くかどうか‥」

「大丈夫だよ。だって和也も、いつまでも下働きって訳にもいかないでしょう?」


したり顔の口煩い使用人よりかは、余程いいに決まってる。

おれは拾い集めた本を鞄に戻し澤に一声かけると、外套を着たまま、二階の自分の部屋に戻った。



しばらくすると、遠慮がちに扉を叩く音がして、薄く開いたその向こうから、おどおどとした和也の顔がなかを覗いた。


「いいよ‥入って。」


何だか、おっかなびっくりといった表情(かお)が可笑しくて、吹き出しそうになる。

でもそれに気づかない和也は、いつもは澤が持ってきてくれる飲み物を抱えて、そろっと扉を押して部屋の中に入ってきた。


「え‥と、坊っちゃま、お茶をお持ちしました‥。」


慣れないことをさせられてるからか、絡繰り人形みたいにぎこちない所作で‥しかもいつも着ている着物とは違った、小ざっぱりとしたものを着せられているから、尚のこと。



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