愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第5章 一栄一辱
「くっ‥くくく‥」
くぐもった笑いが、闇に支配された空間に響く。
「なんだ、男の慾を口にしたのは初めてか?」
飲み込み切れずに顎を伝う液体を指で掬い、上向かされる。
「そ、そんなことは‥」
「くくく、無理をするな。俺を謀ろうとしても無駄だ。だがしかし、俺をここまで追い詰めたことだけは褒めてやろう」
月明かりに照らされ、端正な顔がまるで石膏像のように青白く浮かび上がる。
その暗い色を宿した瞳は、僕の心の内まで見透かしているようで‥
一瞬背中に冷たい物を感じた。
「さて、もう夜も遅い。そろそろ俺も休むとしよう」
肌蹴た着物の前を合わせ、僕が解いた帯びを腰に巻き付ける。
僕は咄嗟にその足に縋り着いた。
「行かないで‥、僕を一人にしないで‥」
一人は嫌い‥
誰でもいいから、傍にいて欲しい。
この冷えた心を温めて欲しい‥
「お願い‥。もう少しだけ、ここに‥」
「それは出来ぬ相談だな」
「‥‥どうして‥‥」
「どうして、と?言っただろう?俺が欲しければ、俺を愛せと。お前のそれは、愛などではない。ただ慾を弄んでいるだけだ。それでは女郎と同じではないか?」
僕が‥女郎だと‥‥?
なんて失敬な‥!
着物の裾を掴んだ手が、自然と怒りに震える。
でもそれを気取られないように、必死に微笑み(えみ)を作り、冷たく見下ろす男の顔を見上げる。
受けた屈辱なのか、それとも慙愧の念からなのか‥、僕の頬を熱い雫が伝う。
それでも男は‥松本潤は、それすらも意に介さず、僕の手を振り解くと、僕の目の高さまで膝を折り、
「愛が何なのかも分からぬ輩と沿うつもりはない。まずは愛するという事がどういうことか、良く考えるんだな」
一点の光すら宿さない闇に染まった瞳で僕を睨めつけた。
そしてすっと立ち上がると、忌々しげに着物の裾を叩いた。
「ああ、後で澤に白湯を持たせよう。流石にそのままでは辛いだろうからな」
そう言って松本潤は木戸を開き、部屋を出て行った。
愛って何‥?
どうしたら、あの男を愛せるの‥?
分からない‥、愛が何なのか‥
だって僕は人に愛されたことなど、一度だってないのだから‥‥