愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第5章 一栄一辱
智said
人の身体と言うのは、なんて単純に出来ているんだろう‥
大して減ってもいない腹が満たされれば睡魔が襲い、仄かな温もりをその身に感じれば、面白い程簡単に微睡みの中へと意識を投じる。
心はこんなにも冷えているのに‥‥
夢を見ていた‥
辿たどしい足取りで、小さな虫を追いかけては、小石に躓いて泣いている‥あれはまだ幼い頃の僕だ。
『あらあら、智は泣き虫さんね?男の子だもの、そんなに泣いては神様がお笑いになるわよ?』
おっとりとした口調で、僕の赤くなった膝に息を吹きかけるこの女の人は‥、母‥様‥?
母様はいつだって優しかった。
僕は母様が大好きだった。
そして父様も‥
ああ、そうだ‥
母様の隣には、いつも父様がいた。
父様は僕を大きな肩に乗せては、
『智、強くなれ』
繰り返しそう言った。
その度に僕は、瞳を輝かせ、
『僕、強くなる。とうたまみたいに強くなる』
父様は僕の憧れだったんだ。
僕は優しい母様と、強くて逞しい父様に包まれて、幸せだった。
それなのに‥
顎に触れた冷たい感触に、懐かしい記憶から現在へと引き戻される。
「‥‥起きろ」
無情とも言える、悪魔の囁きで‥
重たい瞼をもちあげると、そこにあったのは感情すら見せない、まるで彫刻のような顔で‥
「‥夢の続きが見たいか?」
見たいよ‥、出来ることならずっと、あの暖かな夢の世界に身を投じていたい。
でもそれは叶わぬ夢‥
僕は再び瞼を閉じると、今度はその瞳に慾の色を宿し、
「‥‥見たい‥貴方と‥」
心とは裏腹の言葉を囁いた。
熱い吐息を含ませて‥
そして、どんな夢かと問う男に向かって小首を傾げると、ゆっくりと身体を起こし、その彫刻のように冷たい‥体温さえ感じられない頬に手を伸ばした。
「どんな‥夢でも、貴方が望む夢を‥」
見せて上げるよ、僕が‥
地獄の業火よりも熱く、そして‥
決して覚めることのない甘美な夢を、ね‥