愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第5章 一栄一辱
この部屋に囚われてからというもの、僕が顔を合わせるのは、潤と‥そしてこの澤という老婆だけ。
他の使用人達は、こんな所に僕が囚われているなんて、知りもしないんだろうな‥和也も‥‥
恐らくこの澤と言う老婆も、潤に口止めされているんだろう‥
「澤さんは、この屋敷に来て長いの?」
「旦那様にお仕えしてからは、そうだねぇ‥」
澤さんは僕が食事を取る間、屡々(しばしば)こうして僕の話し相手をしてくれる。
こんな所に囚われた僕を、不憫に思っての事だろうけけど‥
澤さんは今でこそ、潤の身の回りの世話だけを任されているらしいが、その昔は屋敷で働く使用人達を纏める役を任されていたらしく、松本の家の内情を聞き出すには、打って付けの相手だった。
そして何より、口が硬いのが僕にとっては一番の助けでもあった。
「ねぇ、その“旦那様“って、どんな方なの?一代で財を成した、凄い方だ、って以前お世話になっていたお屋敷で耳にしたのだけれど」
「旦那様‥かい?そうだねぇ、旦那様はそれは厳しいお人でね‥。てもね、とても素晴らしいお方だよ」
素晴らしい人‥?
僕の両親を死に追いやり、僕から全ての幸福を奪って行った男が‥?
そんな賛辞に値するような人物である筈がない。
口の中の料理が、徐々にその味を無くしていくのを、僕は感じていた。
「ああ、そう言えば‥。旦那様がまだお若い頃、とても好いた方がいらしてね」
思い出したように言った澤の声は、いつになく弾んでいる。
「へえ‥、どんな方だったの、そのお相手の方は‥」
「それはとても綺麗なお嬢様でね‥。そうだ、面差しがちょっとあんたに似ているよ」
「僕‥に‥?」
「ああ、その目元なんか、まるで生き写しのようだ」
ふと、瞼の裏に、ずっと消えることのない母様の面影を浮かべる。
でも違う‥
母様である筈がない。
「その人と旦那様は、その後どうなったの?あ、もしかして、潤様のお母様が‥?」
膳の上に箸を揃えて置き、僕は両手を合わせると、食い入るように身を乗り出した。
でも‥
「さ、食事が終わったのなら、お喋りも終わりだ」
そう言って澤は、軽くなった膳を手に、部屋を出て行った。