愛慾の鎖ーInvisible chainー【気象系BL】
第5章 一栄一辱
翔side
久しぶりに兄さんと二人で馬を走らせた後、心地よい疲労感に包まれながら、窓辺に見える夕暮れ迫る山並を眺めていた。
秋の夕暮れは釣瓶落としとは、よく言ったもんだよね‥。
僅かな時間しか見ることのできない薄茜色の空に、美しい異国の言葉が奏でる歌声が、何処からともなく響いてくる。
空の色と混じる何とも幻想的なそれは、美しくもあり‥切なくも感じた。
おれはしばらくの間、その幻想に身を任せていたけど、さすがに空腹には勝てずに、食事を早めて欲しいと澤に頼んだ。
けれど一緒に食べるはずの兄さんが、どうやら眠っているらしくて‥。
「じゃあ‥兄さんが目を覚ましたら、すぐに呼んで。」
空腹しのぎにと飲み物を持ってきた澤はそれを聞き、畏まりましたと少し頭を下げた。
その時微かに耳慣れない音が、聞こえたような気がした。
‥何の音‥‥?
でもそれはほんの一瞬で、あたりには透明な歌声だけが響いていて。
「ね、澤、今なにか聞こえなかった?」
何処でしたのかも、何の音かも分からなかったけど、違和感のある音が聞こえたような気がしたのは自分だけかと不思議に思い、傍にいた澤にそう尋ねた。
「さぁ‥澤には何も。ぼっちゃまの聞き違いではございませんかねぇ。」
だけど澤には何も聞こえいなかったみたいで、首を傾げられてしまう。
「そうか‥おれの聞き違いか。じゃあ、兄さんのことお願いするね。」
小さな盆を胸に抱くようにして、俯き加減にしていた澤にそう声を掛けると、彼女はそそくさと部屋を出て行ってしまった。
‥変なの。
いつもと違う澤の態度にまた違和感を感じながら、手にした温かい飲み物をひと口飲むと、歌声が消えるまで本でも読もうと、読みかけのそれを片手に長椅子に腰掛けた。
おれは気がつかなかった。
天の国に届きそうなほど美しく伸びる歌声の中に
心胸が張り裂けそうなほどの哀しい叫びが
潜んでいたことを‥