第3章 【常闇のノクターン】
「待たせたな、2人とも」
「父上、もう用事は済んだのですか?」
「いや、まだ少し残っていてな……なに、すぐに終わる。ボージンの店に行くだけだ」
『ボージンの店』と聞いて、クリスは少し眉を歪ませた。ボージン・アンド・バークスといえば趣味の悪い純血主義御用達のノクターン横丁を代表する古物商だ。仮にも同業者とはいえ古美術品を主として扱っている父と違い、店はノクターン横丁の代表格に相応しく気味の悪いものばかり揃っている。そこに何の用があるのかは、すぐに察しがついた。
「2人とも、くれぐれも私から離れるな。あそこはならず者も多くはびこっているからな」
単なる脅しではなく、ノクターン横丁は本当に不気味で危険な場所だった。魔法界一にぎやかなダイアゴン横丁から続いているとは思えないほど陰気で、そこに1歩足を踏み入れただけで空気が変わるのが良く分かる。
暗いトンネルをくぐり、文字の消えかけた汚れた金プレートを横切ると、クリスは召喚の杖を握る手に力を込めた。まるで深い穴の底のように空気が重くよどんでいる。何度来ても、ここは生理的に好きになれない。
それは店に入っても同じことだった。薄汚れた窓ガラスからは十分な光りが射さず、不気味な闇の魔術の物品に囲まれた薄暗い店内には誰の姿もなく、シンと静まり返っている。きっとここは昼より夜の客のほうが多いのだろう。
闇の魔術が体現されたその悪趣味な店構えに、クリスは恐怖よりも嫌悪を感じていた。
ルシウスは真っ直ぐカウンターに向かうと、無遠慮に備え付のベルを押し鳴らした。静かな店内に甲高いベルの音が鳴り響くと、その音を聞きつけて店の奥から1人の小男が現れた。
「これはこれはマルフォイ閣下様とお坊ちゃま。それとグレイン家のお嬢ちゃままで。ようこそおいでくださいました」
「やあボージン君、長らく顔を出さずすまなかったな」
べっとりとした油髪の小男がニタァと不気味な愛想笑いを浮かべると、ルシウスもよそ行きの愛想笑いでやり返した。
「いえいえ、マルフォイ閣下ほどともなればご多忙なのは十分承知しております。なにせ近頃の魔法界では無能者が政治を取り仕切り、挙句有能な閣下の御手をどれほど煩わせておりますことか」