第21章 【秘密の部屋】
「あっ、待って!ねえ、どこに行くの?」
父を追いかける母の姿が揺らぐと、今度は城の裏庭に出た。誰もいない寂しい場所だったが、母は嬉しそうに笑って花を摘んでいた。
「ねえ、折角絵を描いてくれるんだから、なにか言ってよ。もっと右を向いた方が可愛いとか、目線を上目づかいにした方が良いとか」
「煩いからしずかにしてろ。あと動くな」
「はーい。あ、ねえ、今度は中庭で絵を描いてくれない?噴水のところで」
「煩いと言ったのが聞こえなかったのか。それに描くのは1枚という約束だ」
「だって、どうしても貴方に絵を描いて欲しくて……もう1枚、ダメ?」
「駄目だ」
「ケチ」
そう言ってくすくすと笑う母は幸せいっぱいと言う様子だった。それからまた背景が歪んで、今度は湖に出た。波打ち際で裸足になってはしゃぐ母を、父は遠くから描いていた。
「ねえ、今日は絵はやめて湖で遊ばない?折角テストも終わったんだし」
父を水遊びに誘う母と、そんな母を絵に描き止める父。どちらも同じ時を感じて、幸せを充実している様子だった。これは何というか、その、父と母の恥ずかしいエピソード集ではないだろうか。これを見ているとなんだかデバガメになった気がする。
早くここから出たい、ここから出たいと願っていると、体がわっと浮かんだかと思うと空中に引っ張られ、もといた部屋に戻っていた。
「……今見たことは、早く忘れよう」
父と母の名誉の為に。
だいたい部屋を片付け終わると、クリスは秘密の部屋を出て父の執務室に戻ってきていた。幸い、チャンドラーはまだ壊れてもいないボイラーの修理中だ。クリスが外に出ようとすると、それよりも先にドアノブが動いた。
開いたドアの前に立って居たのは、紛れもなく父様だった。まさか帰ってくるとは思っていなかったクリスは、心臓がひっくり返るほど慌てた。逆に父は普段ならこの部屋には近寄ろうとしないクリスが入っていた事に、驚きを隠せないでいた。