第2章 【沈む太陽】
「それより、朝からお耳障りで申し訳ありませんでした」
「自覚があるなら結構だ。勿論私も屋敷しもべに対して敬語を使えとは言わないが、もう少しグレイン家の一人娘として相応の振る舞いをしてもおかしく無いのではないかな」
ルシウスは青味がかった薄い灰色の瞳で、冷たくクリスを見下ろした。廊下で聞こえた通り、今朝はかなり機嫌が悪いらしい。クリスはドラコに救いの視線を送ったが、ドラコは「諦めろ」とでも言うように微かに無言で首を振っただけだった。どうやらドラコも朝から相当しぼられたらしい。彼の眉間によるシワがそれを物語っている。
縮こまるクリスを見るに見かねて、クラウスが仲裁に入った。
「ルシウス、時間がないんだ。早く用を済ませるぞ」
「ふむ、そうだったな。――2人とも、私達の用事が済み次第、買い物に出かけるからそのつもりでいるように。クリスも新学期の買い物はまだ済ませていないだろう?」
「えっ、買い物……ですか?」
クリスの脳裏に既に約束をしているハーマイオニーの顔が浮かんだ。約束の時間は12時。このままだったら約束に間に合わないどころか、最悪の形で鉢合わせをしてしまう可能性だってある。
「どうした、もしかすると今日は既に予定が入っているのか?」
「ええ、一応そのつもりだったんですけど……」
「ほう……まさか『例の友人達』と出掛ける予定だった――とは言わないだろうな?」
「いいいいいいえ、まさか。ただ……」
まさか周りに純血主義が3人もいる中で、「友達と買い物に行きます」とは言えなかった。ルシウスの言う『例の友人達』が「穢れた血のハーマイオニー・グレンジャー」と「純血の面汚しロン・ウィーズリー」と「闇の皇帝の仇ハリー・ポッター」の3人を指していることは百も承知だ。
特に機嫌の悪いルシウスの前で3人の名前を出すなんて、想像もしたくない。クリスは何かこの場を凌ぐ手立てはないかと、必死になって頭を回転させた。